勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

「ゼロトラストネットワーク」後半も読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第30回。今回は前回前半までを読んだ「ゼロトラストネットワーク ―境界防御の限界を超えるためのセキュアなシステム設計」の続きである(ちょっと分厚いので前半後半に分けて読んでいる)。7章 アプリケーションの信頼と信用から最後までを読んでいる。

書籍「ゼロトラストネットワーク」の全体的な感想

  • 前半の感想にも書いたのだけれども、抽象度が高いので割と難しい本だったなぁ、という印象
  • 近年のパンデミックなどで、急速にリモートシフト、クラウドシフトが起こっておりゼロトラスト(ZT)の重要性は急速に高まっている。よって、このタイミングで基本的な考え方をおさえておくのは良かったかも

後半で興味深かった内容の紹介

7章 アプリケーションの信頼と信用

本章に期待していた内容は、例えばエンタープライズシステムのゼロトラストの対応(アプリケーションにどう認証を組み込むか等)だった。しかし実際には7章はプログラマーとコードをそもそも信頼しないゼロトラストの話なので、ちょっとびっくりした。

ソースコードはソフトウェアを実行するための最初のステップである。かなり平たく言えば、信用されない人が書いたソースコードを信用するのは難しい。コードが入念に監査されるとしても、悪意を持つ開発者が脆弱性を意図的に実装する(そして隠ぺいする)可能性はやはりゼロではない。実際には、このような悪質な行為を競う有名なコンテストまで存在する†2。悪気はなくても、アプリケーションにうっかり脆弱性を作り込んでしまうこともある。しかし、ゼロトラストネットワークの焦点は、そうした開発者から信用を取り上げることではなく、悪用されたコードを特定することにある。

お前は何をいってるんだ……
ちなみに紹介されているコンテストはこちら。だいぶ面白いが2015年で終わっているようである。

(と、茶化してしまったが、本章で語られているコードを信頼し、セキュアにデプロイする考え方は非常に参考になった)

9章 ゼロトラストネットワークの実現

具体的なマイグレーションに関する説明である。GoogleのBeyondCorpおよび、PagerDutyのZTAのケーススタディを含んでいる点が興味深い。
ただ、実はこの後に読んだNISTのZTA文書(2020年発効)のほうがわかりやすかった。これは時代的なものも大きいかもしれない。

10章 攻撃者の視点

最後の章では、ZTAに対して攻撃者の視点でどのようなアプローチが考えられるのかの論考がついている。ZTAにも当然のことながら脆弱性はあり、運用等でカバーする必要があるという話。

NIST 800-207 で示される現代のネットワーク的な前提事項

本書を読んでから補足的にNISTのZTA文書(日本語PDF)を読んだのだけれども、現代のネットワークに関する前提が興味深かったのであわせて紹介しておく。

  1. 企業のプライベートネットワークは、暗黙のトラストゾーンとみなさない
  2. ネットワーク上のデバイスは、企業が所有していないか、構成可能なものではない場合がある
  3. どんなリソースも本質的に信頼されるものではない
  4. すべての企業リソースが企業のインフラストラクチャ上にあるわけではない
  5. リモートの企業主体と資産は、ローカルネットワークの接続を完全に信頼できない
  6. 企業のインフラストラクチャと非企業のインフラストラクチャとの間で移動する資産とワークフローには、一貫したセキュリティポリシーが必要

ZTAはこれから必要性が高まっていくんだろうなぁ。

RFCスタイルの優先順位リスト

主に自分向けのメモ。「ゼロトラストネットワーク ―境界防御の限界を超えるためのセキュアなシステム設計」で紹介されていたRFC2119の話が有益そうだったので少し調べてみたという話。

RFCスタイルの優先順位リスト
RFCドキュメントは、インターネットインフラストラクチャに対して提案される変更の共通語である。これらのドキュメントは、そのドキュメントで提案されている変更をすばやく理解できるようにするために、言語と構造が明確に定義されている。この言語の要素のうち優先順位の説明において非常に有益なのは、RFC2119で定義されている標準用語であり、MUST/MUST NOT、SHOULD/SHOULD NOT、MAY/MAY NOTなどの用語が定義されている。

これまで自分は無自覚にMUSTとかSHOULDとかを文書に書き散らしてきたような気がする。反省。

MoSCow分析とのギャップ

アジャイル開発プロジェクトなどではMosCoW分析を使うことも多いと思うけれど、MosCowではRFC2119には登場しない「Could」「Won't」が登場する。

RFC2119のMAY=MosCoWのCould、と理解しても良いのだろうか

SHOULDの扱い

自然言語なので明確なものではないのだろうけれど、SHOULDの定義には若干注意が必要な気がする

3. 「する必要がある( SHOULD )」 English
この語句もしくは「推奨される( RECOMMENDED )」という形容表現は、 特定の状況下では、特定の項目を無視する正当な理由が存在するかもしれませんが、 異なる選択をする前に、当該項目の示唆するところを十分に理解し、 慎重に重要性を判断しなければならない、ということを意味します。

Shouldは「したほうがいい」という解釈をこれまでしてきたのだけれども、RFC2119の表記はもう少し強い印象がある。ニュアンス的な問題だろうか。

「ゼロトラストネットワーク」前半を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第29回。さて、今回選んだタイトルは「ゼロトラストネットワーク ―境界防御の限界を超えるためのセキュアなシステム設計」、ちょっと分厚いので前半後半に分けて読んでいる。今回は前半(第6章)までの感想である。個人的にセキュリティ周りの勉強に最近力を入れているので、その一環でもある。

急激に注目度が上がるゼロトラスト

本書の原著が発売されたのが2017年、訳書が出たのは2019年である。しかし2020年のグローバルパンデミックにより、状況は一変してしまった。

セキュリティの担保されたオフィスやデータセンターの内部で執務をすること自体のリスクが高まってしまった。本書で紹介されるゼロトラストの考え方のみがソリューションではないとは思うが、その考え方の重要性は現在は非常に高まっていると言えるだろう。

書籍:ゼロトラストネットワークについて

というわけで本書はいわゆる「ゼロトラストネットワーク」の概念や理念から書かれた本である。ゼロトラストネットワークとは、という点については既に様々な情報が世にあふれているので本記事では割愛するが、本書は抽象度が高いので、つまり

  • けっこう難しい

というのが前半を読んだ感想である。
特に訳書として難しいのは「トラスト」「信用」「信頼」などといった用語の使い分けである。この問題については末尾の監訳者あとがきが詳しい、というか、これはまえがきにしてほしかったくらい。先に読むことをお勧めする。

トラストエンジン

いちおう一般論としてのゼロトラストネットワークについては理解していたつもりだったのだけれども、本書を読んで、トラストエンジンを中心にした認証回りは自分が理解したつもりになったものと大きく異なっていて勉強になった。もちろん前半では抽象的な形でしか触れられていないのだが、後半にはGoogleのBeyondCorp等の事例紹介があるはずなのでそこで理解を深めたい。

後半も読み終わってからやりたいこと

今回は前半までの感想(というほど感想書いていないけど)だったが、後半まで通読してからあわせて以下にチャレンジしてみたい。

うーん、やりたいことが減らないなぁ

2021年上半期に読んだ本まとめ

2021年1月~6月に読んだ本のまとめ。カウント対象は期間中に読み終わったものに限り、読みかけの本は対象外としている。あとコミック、漫画雑誌類もけっこう読んでいるのだけれども、これは除外。

2021年上半期に読んだ本

  1. 週刊だえん問答 コロナの迷宮
  2. その仕事、全部やめてみよう――1%の本質をつかむ「シンプルな考え方」(→感想記事
  3. ドメイン駆動設計入門 ボトムアップでわかる!ドメイン駆動設計の基本
  4. 未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために―
  5. RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる
  6. カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?
  7. サイバー・ショーグン・レボリューション 上 (ハヤカワ文庫SF)
  8. サイバー・ショーグン・レボリューション 下 (ハヤカワ文庫SF)
  9. 失敗学実践講義 文庫増補版 (講談社文庫)
  10. 誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ―認知科学者のデザイン原論
  11. 仮想空間シフト
  12. 世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方(→感想記事
  13. NHK「100分de名著」ブックス ドラッカー マネジメント NHK「100分de名著」ブックス
  14. 時間は存在しない
  15. 宇宙と踊る
  16. LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界
  17. もがいて、もがいて、古生物学者!! ーみんなが恐竜博士になれるわけじゃないからー
  18. キリン解剖記
  19. 両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」
  20. 社会的共通資本 (岩波新書)
  21. 人新世の「資本論」 (集英社新書)
  22. ピエタとトランジ <完全版>
  23. しびれる短歌 (ちくまプリマー新書)
  24. 行動経済学の使い方 (岩波新書)
  25. 生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  26. 文章の書き方 (岩波新書)
  27. エッセンシャル スクラム(→感想記事1感想記事2
  28. シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成 (NewsPicksパブリッシング)
  29. Coders(コーダーズ)凄腕ソフトウェア開発者が新しい世界をビルドする
  30. 読書と社会科学 (岩波新書)(→感想記事
  31. 身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質
  32. 謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる(→感想記事
  33. [asin:B07JZ72DMH:title]
  34. ITIL はじめの一歩 スッキリわかるITILの基本と業務改善のしくみ
  35. 天冥の標Ⅵ 宿怨 PART1
  36. つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく (生活人新書)
  37. ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方
  38. NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX (日本経済新聞出版)
  39. 喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima (講談社文庫)
  40. キシマ先生の静かな生活 The Silent World of Dr.Kishima
  41. NOVA 2021年夏号 (河出文庫)
  42. TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ>(→感想記事
  43. 天冥の標Ⅵ 宿怨 PART2
  44. エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命 (角川選書)
  45. 三体Ⅲ 死神永生 上
  46. 三体Ⅲ 死神永生 下
  47. GDX:行政府における理念と実践
  48. クロストーク (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  49. デザインはどのように世界をつくるのか
  50. Teaching Smart People How to Learn (Harvard Business Review Classics) (English Edition)
  51. げいさい (文春e-book)

文芸書のおすすめ(一般編)

コミック「ブルーピリオド」やそのオマージュの楽曲「群青」が流行っていて、芸術系大学ブームのようだが、いわゆる芸大受験を扱った本作小説「げいさい (文春e-book)」も面白かった。というか著者の芸術家である会田誠さんが天才すぎる。同氏の自伝的小説ということで学生時代が描かれている。自分は現代美術好きということもあり同氏の、本作以降の芸術家活動を知っているということもあり二重に興味深かった。

文芸書のおすすめ(趣味のSF編)

2021年上半期のSFという意味では問答無用で「三体Ⅲ」をピックアップせざるをえないだろう。前作までを楽しんだので、当然待ち望んでいたものだったのだけれども、期待を上回るどころかブッ飛んだSF小説だった。

教養書のおすすめ

振り返るとこの6か月は教養書とかビジネス書ばかりを読んでいて、その中からおすすめを選ぶというのはなかなか難しい話なのだけれども、あえて選ぶなら「週刊だえん問答 コロナの迷宮」である。元Wired編集長が書く、意識高いビジネスマン向けの有料ニュースレターに掲載されている連載の再編集版なのだが、全編「仮想対談」という形式で書かれている点が興味深い。おそらく前作にあたる「NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方〈特装版〉」、および現在無料で閲覧できる「GDX:行政府における理念と実践」でも採用されている仮想対談という形式がテクノロジーや現代を切り取るエッセイの形式として、とても優れていると思うのだ。まもなく続編が出るらしい。楽しみである。

ビジネス書のおすすめ

こちらも選ぶのがなかなか難しい。「NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX (日本経済新聞出版)」は内容も興味深いのだけれども、なんと自社文化を研究するために「異文化理解力 ― 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養」著者のエリン・メイヤーを雇用するというあたりが有能というか資金力があるというか。当然のことながら内容考察のレベルが高い。

他には「両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」」がとても有用だった。有名な「両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く」の関連本ではあるが、日本企業AGCケーススタディを中心にした分析という意味で、日本人にとってはより理解しやすいものになっていると言えるだろう。自分も仕事の関係で本書はけっこう人に紹介している。

技術書のおすすめ

うーん、厳選するほど技術書は読んでいない・・・「ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方」はとても良い本だと思うのだけれどもタイトルでだいぶ損をしている。他の出版社だったら「アジャイルサムライ2」になっていただろう。

この半期の振り返り

昨年から、毎週末2時間くらいが放送大学の授業に消えるようになったことと、通勤時間が消滅していることが影響して少しペースダウン気味である。特にフィックションを集中して読み込む気力が年々減っている気がする。もちろん細切れ時間などはたくさんあるのだけれども、そういった時に手に取る(実際にはアプリで開く)のは、数ページごとに読むことができるビジネス書であることが多い気がする。

一方で積読および読みたい本は山ほどあって、もういっそ入院などすれば一気に消化できるかと思うのだけれども、体調はすこぶる良好である。夏休みにでもなれば、もう少し消化できるだろうか。

「ふりかえりガイドブック」を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第28回。さて、今回選んだタイトルは「アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック 始め方・ふりかえりの型・手法・マインドセット」である。ふりかえりを始めてみたい人が最初に読むのにはおすすめ。

個人的におすすめな「ふりかえり」の勉強法

身も蓋もないのだけれども「ふりかえり」を習得する一番良い方法は、上手な「ふりかえり」を体験することだと思っている。自分は10年くらい前に様々な勉強会コミュニティで、現在ではレジェンド級となった巨匠の皆さんが参加する「ふりかえり」等に参加したり目の前で観察する機会があり、強く影響を受けている。ただ、残念ながら現在、同じような体験ができる場所が世の中にあるのかわからないのである。

一番最悪なのが、手探りで「それっぽい」事をやっているチームを参考にすることだ。もちろん、手探りをすることは大切だし、否定はしない。だけれども「ふりかえり」という実は結構難しいアクティビティについては、うまいチームと下手なチームの差が激しいので、本当に注意したほうがいいい。

もし身近なところに信頼できる見学先が無いのであれば……本書「アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック 始め方・ふりかえりの型・手法・マインドセット」を読むと良いと思う。

アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック 始め方・ふりかえりの型・手法・マインドセット

というわけで本書は文字通りの、「ふりかえり」という実は結構難しいアクティビティに関するかなりオススメのガイドだ。当面、「ふりかえり」に相談を受けたら本書を一読することをお勧めするつもり。とくに本書で良いと思う点は次のようなところだ。

  • イラストも豊富で(というか一部はコミック仕立てで)読みやすい。けれど、煩いほどではない。ちょうど良いバランス
  • コミュニティで見聞きするような、言語化しにくいアドバイスやTIPSがかなり上手に盛り込まれている
  • 小難しい理論に走っていない。パターン言語がどうこう、とかそういう話が入っていない
  • 小難しい心理学などを紹介していない。

というわけでだいぶ良かったのだけれども、一方である程度の学習者、情報収集をしている人には退屈かもしれない。ただまぁ、上級者の人は常に後進に良いアドバイスをし続ける責務があるはずなので、良いアドバイスをするための練習と思って読めばいいだろう。

ちょっと残念だったところ

読み終えて、ちょっと残念だと思ったことがいくつかある。あくまで個人の感想です。

  • アジャイルに全振りしているところ。別に「ふりかえり」はアジャイル限定というわけでもないのでそこまで振り切る必要があったのだろうか
  • アジャイルに全振りしている一方でSREやDevOpsの文脈が入っていないので、ポストモーテムについての言及がない
  • カースの最優先事項」は取り上げておいてほしかった
  • 手法09「5つのなぜ」はもうちょっと慎重に扱ったほうが良かった。最近のソフトウェア開発は複雑性が高いので実はこういった根本原因分析はうまく適合できないと思っているし、そういった言及がどこかでもあったと思う(思い出せぬ)。ヒューマンエラーに関する議論に陥る懸念があるので、自分はこの手法は最近使わないようにしている

追記。Twitterで著者コメントいただいていました

式年遷宮アーキテクチャに関して(いまさら)

数年前に流行したソフトウェアアーキテクチャのメタファー(?)として「式年遷宮アーキテクチャ」というものがある。最近自分が日本美術史の授業で聞いた話を踏まえると、われわれエンジニアは式年遷宮をちょっと誤解しているような気がする、という話。いまさらなんなのさ、という気もするが色々調べてしまったので備忘録的に記録しておく。

式年遷宮アーキテクチャ

たしか、このあたりの記事がきっかけで

以下など各所で言及されていたように記憶している(おそらく初出は別のブログ記事だと思うのだけれども、現在はアクセスできないようだ)。

一種のミームなので厳密には定義できないが「式年遷宮アーキテクチャ」という言葉に込められた要素は

  • 定期的に作り直す事によって耐用年数を伸ばすことができる
  • 定期的に作り直す事によって技術継承が可能

であると考えられる。

しかし、式年遷宮そのものを調べると、実は上記のイメージと実際は異なっているのである。

実際の式年遷宮

  • 最初の式年遷宮は西暦690年。
  • ただしその後20年ごとに実施され続けてきたかというとそうではない。14世紀後半から123年間放置されてきた期間がある。また16世紀には社そのものが存在しなかった期間がある(再建時には手本も図面もなかった)。よって物質的にも、形態としても連続性は保証されていない。
  • 近世に至るまで図面などなく、禰宜と宮大工との口頭協議により意匠や建造物の配置が変更されることがあったという。
  • 定期的に建て替えを要するのは建築様式によるもの。礎石を用いず地面に柱を直接突き刺すために老朽化しやすく耐用年数が短い。

というわけで、あれ、なんかちょっと思ってたもんと違う・・・
ja.wikipedia.org
伊勢神宮遷宮前後相論 - Wikipedia

たしかに(儀礼的な目的で)20年毎に再構築を実施しているという点はイメージ通りだろう。しかし、式年遷宮を俯瞰してみた場合、技術継承という側面を取り上げるのはちょっと行き過ぎていると思う(少なくとも初期の技術はまったく継承されていないと言えるだろう)。また、原材料は20年ごとに新しいものに交換されるが、設計の改善も行われない。うーん、アーキテクチャのプラクティスとしてはどうなの、という印象だ。

新陳代謝を意図的にどう起こさせるのか

結局は意図的にある程度の頻度で新陳代謝を起こさせないとひどいことが起きるという話であって、例えば畑村先生の失敗学では「企業30年説」という形で技術継承ができずに破滅するという話もあった。ある意味ソフトウェアに固有の話ではない(スピード感は違うかも)。

Martin Fowlerが犠牲的アーキテクチャの記事で示したように、組織戦略として組み込むというのが一案。というかたぶんこれが正しいのだろう。組織戦略の問題だ。

ただ、こういった新陳代謝の例えとして式年遷宮を持ってくるのはロマンチックではあるけれども、ちょっと違うんじゃないかといまさらながらに考えたのであった。

「TEAM OF TEAMS」を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第27回。さて、今回選んだタイトルは「TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ>」である。いやぁ、この本はもっと早くに読んでおくべきだった。マネージャー必読の書である。

「TEAM OF TEAMS」とは

  • 軍隊および企業の多くが採用している既存のマネジメント(階層型構造の命令型組織)の問題点を指摘し、自律性の高いマネジメントへの移行を語った本である
  • この本が特筆すべきなのは、著者である退役将軍McChrystal氏のイランにてテロ組織との戦争を軸に語られているという点であろう。既存のマネジメントでは歯が立たず、敵のテロ組織に適応するために一種の自己組織化を行っていくというストーリーそのものが非常に興味深いのだ。そして著者らはこれらの経験をのちに分析、研究し、既存の事例などの対比なども行って本書を執筆している。というわけで軍の話だけでなく様々な企業の事例も含んでいる密度の濃い本である。

この本を書くきっかけとなったのは、エリート軍事組織である統合特殊作戦任務部隊(the Joint Special Operations Task Force,以下、特任部隊)である。戦争のさなかにあってのこの経験は、プロフットボールのチームが重要なゲームの第二クォーターでオフェンスのフォーメーションを変えることに例えられるかもしれない。しかし、現実はもっと徹底していた。実際のところ、特任部隊のシフトチェンジは、フットボールからバスケットボールへの変更に相当する。旧来の習慣や先入観は、防具やスパイクシューズとともにすべて捨て去らなければならなかったからだ。
TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ> はじめに、より

  • とりあえず興味がある人は次のTEDトークをまず見ると良さそう。

ソフトウェア開発と「TEAM OF TEAMS」

さて本書が優れたリーダーシップ論であることは疑いようもないのだけれども、ソフトウェア開発の文脈においてはどうだろうか。
私が本書を手に取ったきっかけは、DevOpsへの移行を物語形式で語った「The DevOps 勝利をつかめ! 技術的負債を一掃せよ」である。同書で主人公たちに、エリックという人物がこうアドバイスするのだ。

君たちはもう無意味になってる古いルールを変えなきゃいけないだろうな。人間の組織のしかたやシステムのアーキテクチャーの作り方もね。リーダーはもう命令、管理する立場じゃない。人々を導き、障害を取り除き、仕事ができる環境を作る立場にならなきゃならない。スタンリー・マクリスタル将軍は、統合特殊作戦軍の意思決定権を分権化し、米軍よりもはるかに小さいが機動力に勝るイラクアルカイダに最終的に勝利した。イラクでは、判断の遅れによるコストは、金額ではなく彼らが保護しなければならない人々の生命と安全によって測られる。 これは従者を引っ張るリーダーシップじゃなくて、変身を促すリーダーシップだ。組織のビジョンを理解し、仕事のやり方についての根本的な前提条件を疑うアグレッシブな知性と人の心を動かすコミュニケーション能力を持ち、メンバーの特徴を把握し、支える指導力がなきゃいけない。
The DevOps 勝利をつかめ! 技術的負債を一掃せよ 第8章 反転プロジェクト、より

近年アジャイル開発プロセスがスタンダードになり、これは良いことだと思うのだけれども、いっぽうで組織やアーキテクチャは変わっていないという例も多いように思う。さらに一歩先に踏み出すためのヒントが本書には多く詰まっている印象を感じた。

その他本書で気になった点、良かった点

  • 第11章 菜園主のように組織を率いる
    • 「菜園主」というメタファーは素晴らしい。詳しいことはぜひ本書でチェックしてください。「チェスから菜園へ」。
    • 本章の後半では、著者が「TEAM OF TEAMS」を率いるためにどのようなリーダーシップを発揮したか(というか、どれだけ我慢と忍耐をしたか)が語られていてものすごく参考になった。「見守りつつも手を出さない」のなんと難しいことか!
  • 第12章 対称性
    • 「止まれのない世界」では、自動車の自動運転のシミュレーションが示されれる。自動運転が可能であれば、「止まれ」も「一時停止」の信号も不要である。しかし我々はこれを見て強いストレスを感じてしまうという話である。

間違っているように感じられるのは、機械的なリズムで行われる停止、発進、方向転換こそ交通のあるべき姿だと、我々が強い固定観念を持っているからだ。
(中略)
今後数十年で、「支離滅裂」な問題解決の方法がますます増えるだろう。物事を深く見通し、即座に対応するような、敏感で適応力のあるやり方で複雑な問題に立ち向かう必要が出てくるからだ。
TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ> 第12章 対称性

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とにもかくにも本書は読みやすく、面白く、良い刺激を受けられる良書である。おすすめ。