勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

「謙虚なリーダーシップ」を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第26回。2019年3月から初めて2年以上続いていて驚きだ。習慣化のパワーすら感じる。さて、今回選んだタイトルは「謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる」である。

正直な感想

  • タイトル「謙虚なリーダーシップ」という名前は覚えにくい。「ハンブルリーダーシップ」のほうが良さそう。
  • 次世代型のリーダーシップモデルという点については、確かにその通りだろう。しかし、ソフトウェアエンジニア的な立場から見ると「それ、もう知ってる」という印象がある。
    • 別の言い方をすると、ソフトウェアエンジニアリングにおいて重要なソフトスキルの一つが、より明確にになったような読後感はあった。
  • 本書が書かれた背景的、いわゆるアメリカ的ビジネス文化と日本との違いについては注意をしたほうが良いだろう(詳しくは後述する)。

謙虚なリーダーシップ/ハンブルリーダーシップとは

本書では、リーダーシップに対する新しいアプローチを紹介する。業務上の役割に基づく関係ではなく、個人的なつながりを重視するアプローチである。
謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる、第1章 リーダーシップに対する新しいアプローチ、より

というわけで、個人的で、互いに助け合い、信頼しあう関係性を構築する方法が「謙虚なリーダーシップ」である。この「謙虚なリーダーシップ」であるが、特にアメリカビジネス文化でその欠落が顕著なようである。

アメリカのビジネス文化は、個人が英雄として皆を率いるという誤ったリーダー像と、機械のような階層型の組織とを信奉している。そのような組織は、従業員エンゲージメント、エンパワーメント、組織の機敏性、革新力というみずからの目標をむしばむだけでなく、VUCA――不安定で(volatile)不確か(uncertain)、複雑(complex)かつ曖昧(ambiguous)――になっていく世界への対応力を制限してしまっている。
謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる、第1章 リーダーシップに対する新しいアプローチ、より

ちなみに本書ではリーダーとフォロワー(メンバー)の関係性を以下のようなモデルで表現している

  • レベル -1:まったく人間味のない、支配と強制の関係
  • レベル1:単なる業務上の役割や規則に基づいて監督・管理したり、サービスを提供したりする関係。大半の「ほどほどの距離感を保った」支援関係
  • レベル2:友人同士や有能なチームに見られるような、個人的で、互いに助け合い、信頼し合う関係
  • レベル3:感情的に親密で、互いに相手に尽くす関係

アメリカでは多くがレベル1の状態であり、レベル2を目指すべきという話である。

一方でジャパンでは・・・

あらかじめ明言しておくが、欧米がよくて日本が劣っているとか、どちらかが良いという事を主張するつもりはない。
ただ本書「謙虚なリーダーシップ」が前提とするコンテキスト(アメリカ的ビジネス文化)と日本の文化は言うまでもなく異なることも多く、本書の主張の適用については注意を要するべきだろう。
日本型雇用の分析については「日本社会のしくみ」が超おススメ。

  • 日本型文化ではそもそも機械のような階層型の組織となっていない。欧米では「ジョブ型」雇用が中心である一方、日本は「メンバーシップ型」雇用という違いがある。
  • 欧米では監督者、いわゆる上級職員(命令、管理、企画を行う)は相応の資格者がジョブに応じて雇用される。日本型のように下級職員が昇格するものではない。
  • つまり前述のレベル1とレベル2が逆転しているような構図になっているのではないだろうか。

日本型文化においてはむしろ、「業務上の役割や規則」の統制が不十分なところを先に「謙虚なリーダーシップ」的なものでカバーしていた事が多いように感じる。ただこれも時代によって変わりつつある。ミレニアル世代以降とそれ以前の世代では感覚も違うし、最近は職場での深い人間関係を嫌う風潮もある(脱飲み会など)。場合によってはレベル1でも2でもない、レベル0的な関係性の危うい組織も増えていそうな気がする。

もちろん最終的には「謙虚なリーダーシップ」に述べられているような階層構造での信頼関係の積み上げ、すなわち「職務規定等によるジョブ型の合意形成」の上に「信頼関係」が載ってくれば高いパフォーマンスが得られることにはまったく異論はない。ただ、この形を目指すのは、もうひとひねりの考察が必要だろう。

とはいえ、「謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる」はなかなか示唆に富むよい本であった(事例も充実していて面白い)。

さて、実は次の本は決まっていて、「TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ>」の予定である。本書でも言及されており、以前に読んだ「The DevOps 勝利をつかめ! 技術的負債を一掃せよ」でも強く勧められていた本である。どんな学びがあるのか、楽しみだ。

協調学習としての読書、概念装置、大人の学び

ちょっとした思いつきに関するメモ。
最近「読書と社会科学 (岩波新書)」を読んだ。本書で紹介されている「概念装置」という概念はすこし前に学んだ「教育心理学特論 (放送大学大学院教材)」における協調学習の概念と重なるところがあるような気がしているという話。

読書と社会科学 (岩波新書)

読書と社会科学 (岩波新書)

概念装置とは

読書と社会科学 (岩波新書)」は一種の読書論なのだけれども、この中で取り上げられている「概念装置」という話は特に有名なようだ。
自然科学においては、例えば電子顕微鏡のような「物的装置」を用いてふだん見えないような物を見ることができる。
いっぽうで社会科学においてはこのような「物的装置」は存在しないので、かわりに各自が学習を通じて身についてた「概念装置」を用いて物事を分析することになるというのだ。

概念装置は、同じ自分の眼を補佐する装置であっても、物的装置とちがって、身体の外部ではなく内部にあるもの、自分の脳中に組み立てるものです。電子顕微鏡などのように、立派に出来上がった高度なものを、買いととのえるというわけにはいかないので、一人一人、苦労して組み立て作業をやらなければなりません。

そして、この概念装置を組み立てる作業の一つとして、読書そして精読が紹介されているのである。

協調学習のモデル

教育心理学特論 (放送大学大学院教材)」で紹介されている協調学習のモデル、とはこのようなものである。
(上記書籍を読まずとも、協調学習 授業デザインハンドブック 第3版 | 東京大学 CoREFの理論編で同様内容の詳細が閲覧可能である)
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  • 学習という観点では、いかにして各自が持っている「レベル1:経験則、素朴理論」の知識を理論に裏付けられた「レベル2:説明モデル」に引き上げられるかがポイントとなる
  • 教科書や座学で供給される「レベル3:科学的概念」はそのままでは身につかないので、これを利用して「レベル1」が「レベル2」に引き上げられるようなプロセスが求められる
  • 協調学習の理論の一つとして、他者と一緒に考えるというプロセスを踏むことで「レベル2」への引き上げが起こりやすいという考え方がある(建設的相互作用)
    • この方法が成功する理由としては、他者と一緒に考えるプロセスにおいて「自分の考えを(他者と共有するために)外に出す行為」と「他者の考えを見聞きすることによって自分の考えが深まる」があるとされている。

読書を通じて「建設的相互作用」は生み出せるのか

協調学習のモデルは納得感しかない。自分のまわり(つまりソフトウェア開発の実務の周辺)を見ていても、このような学びの場は多く存在しているように見える。
ただし、この協調学習のモデルの難点は、並走者つまり一緒に学びあう仲間が必要という点である。
それでは、独習すなわち読書で「建設的相互作用」は生み出せるのだろうか。そこに「読書と社会科学 (岩波新書)」での概念装置の話がぴったりと当てはまるのではないかと思う。

「読書と社会科学」には以下のような読書のアドバイスが記載されている。

  • 対象の書籍を、自分に変化をおこさせるように深く読む(古典として読む)
  • 著者を信頼するが、常に疑いや疑問点がないか考えながら読む(信じて疑う)
  • 感想文を書くために読むのではなく、深く読んだ結果としての感想を記す(みだりに感想文を書くな)

まさにこれは著者と対話的に書籍を読むことであり、建設的相互作用を生み出す方法ととらえることもできるのではないかと考えたのである。
また、そうであれば「概念装置」を育むために必要な読書は(建設的相互作業を生み出すために)公開するかは別としてもアウトプットを伴うことであり、また感想を他者と交換することも重要なのではないかと思う。
(と、考えることによって、このブログを書き続ける動機を裏打ちしようとしているだけかもしれないけれど)

「エッセンシャルスクラム」後半も読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第25回。今回選んだタイトルは「エッセンシャル スクラム」である。ちょっと2週間で読むには分厚いので前後編でお届けする。後編では「第Ⅲ部(プランニング)、第Ⅳ部(スプリント)」を読んでいる。前編はこちら:「エッセンシャルスクラム」前半を読んだ #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経

エッセンシャル スクラム

エッセンシャル スクラム

全体的感想:エッセンシャルスクラムは、いったんスクラム実践してから読むのがよい本

いろいろな場所で何度か聞いた「事業会社でスクラムを導入するよい方法」というものがある(うろ覚え)

  1. まず自分たちでやってみる
  2. うまくいかない状態を認識する
  3. 外部からアジャイルコーチを招聘して、うまくいかない課題を解決する
  4. うまくいくようになったら、外部コーチ卒業

読み終わってみると、本書はこのステップ3を代替するような位置づけであることがわかる。つまり

  • スクラムやる前に読む本ではない(いろいろな課題意識を持っていないと深みが出ない)
  • 自分たちで課題について検討した後に、答え合わせや追加のアドバイスが得られるような本だ

というのが読み終えた段階での感想だ。

後半部分《第Ⅲ部(プランニング)、第Ⅳ部(スプリント)》の感想

今回読んだ後半部分で、特に興味深かった点を中心に抜粋する

スクラムでの開発は、事前にプランニングをせずに始めるものだという声がある。とりあえず最初のスプリントを開始して、詳細は開発を進めながら詰めていくというのだ。だがこれは間違いだ。スクラムでも、事前に計画を作っている。実際に、さまざまな詳細度で何回も計画を作るのだ。中には、スクラムではあまりプランニングに重きを置いていないのではと思う人もいるかもしれない。というのも、スクラムでは必要に応じてジャストインタイムでプランニングをすることが多く、事前にきっちりと計画を作ってしまうことがないからだ。しかし、私の経験上、スクラムでの開発のほうが伝統的な開発よりもプランニングに時間を割いている。これは、皆さんの感覚とは少し違うかもしれない。

  • 第23章 未来へ
    • 終章であり、本書全般を踏まえたうえで今後の発展について書かれた章である。良いことがたくさん書かれている。

大切なのは、スクラムの適応やスクラムへの移行について完成の定義はないということだ。CMMIのように、レベル5に到達することが目的であるようなアジャイル成熟モデルは存在しないのだ。

おまけ:Succeeding with Agileについて調べてみた

  • 訳書は無いようだ
  • 2013年前後でアジャイルコミュニティで読書会と翻訳が行われていたようだが、内容に関して公開されてはいないようである
  • 名著と思っている「アジャイルな見積もりと計画づくり」著者のMike Cohnさんの2009年の本
  • 序文によれば、本書はアジャイル開発プロジェクトにおける「ハドソン湾スタート」に該当するのだそうだ(よい表現だ)
    • ハドソン湾スタート」は、300年前、カナダのハドソンズ・ベイ・カンパニーが行っていた風習に由来する。同社は毛皮貿易業者に遠征のための物資を供給していたが、必要なものを忘れていないか確認するためにハドソン湾付近で一度野営させていたそうである(この表現は他の技術書でも見たことがあるな)
  • 目次を見た感じだと「どうやってスクラム開発を始めるのか」「始めた後によくある課題とその対応(例えば抵抗とか)」「さらに発展するには」といった事が書かれてそうな印象

ちょっと興味深いけれど、すでに本書を読んでいるわけなので読まないかなぁ(Mike Cohnさんが書いているという点では、いろいろと鋭い示唆が得られそうなんだけれども)

さて、次は何を読みましょうかね・・・

教育心理学はソフトウェア開発に活用できるか(教育心理学特論を読み終えて)

数年前からアジャイル開発コミュニティで話題になっていた放送大学のテキスト「教育心理学概論」というものがある。その増補改訂版である「教育心理学特論」を、放送大学大学院の講義15回を通じて読み終えた。そこで、本記事ではソフトウェア開発という観点から同書の感想などについて触れてみたいと思う。

教育心理学特論 (放送大学大学院教材)

教育心理学特論 (放送大学大学院教材)

なお世間的には「教育心理学概論」が有名なようですが、私は特論のほうをお勧めします。理由は以下の記事を参照

本書は(ソフトウェア開発関係者に)お勧めなのか?

自分にとって本書を通じた学びは知的好奇心を満たしたのみならず、今後の仕事への刺激も大きく、満足の高かったものだった。ではソフトウェア開発関係者(私の同僚や同業界人)にとって読むべき本なのかというと、ちょっと微妙なところである。想定している主たる読者はやはり、学校教育を中心とした「学び」の課題に取り組む推進者であり、技術者であったり会社人を想定したものではないからだ。

とはいえ例えばソフトウェア開発の大きな課題が「教育・育成」であることは確かであり、学ぶべきところは多い。技術者教育、とくに単なる講義やプレゼンテーション以外の取り組みによる学習を推進している人には大いに参考になるという印象。アジャイル開発コミュニティで話題となっていた理由も、スクラムマスターやアジャイルコーチといったプロジェクトへの関わり方や役割の人が多いというのが関係しているのだと思う。

ここから先は、本書を読んで特に興味深かった事項をいくつか紹介する。もし興味があるのであれば本書を、そして可能であれば放送大学の講義(半期毎に毎週放送しており誰でも視聴できる)もぜひ視聴してみると良いと思う。なお全15回の講義のうち第1回は実は無料でインターネットで試聴できるので興味があれば聞いてみるのも良いかもしれない。

現代における学びの変化について(#15.21世紀の学びを支える「実践学」作りに向けて)

今、ネットワーク文化が大人の仕事の仕方を変え、社会や文化のあり方そのものを変えている。それに合わせて「学校」や「教育」というものの果たす役割や学びのゴールのあり方も大きく変わろうとしている。

現代において、学習のアプローチやスタイルは大きく変化しているという話である。「学びのモデルの三態変化」として以下の3つのモデルが示されている。

  • 徒弟制時代 (保護者~親とは限らず、親方の場合もある~が徒弟を教える)
  • 公教育制度時代(主に政府が生徒に教える)
  • 生涯学習時代(学習者自身が学ぶ)

これを読んで改めて考えたのは、ソフトウェア開発技術における学習の特異性である。世代によって違いはあるだろうが歴史の浅いソフトウェア開発業界においては、公教育制度時代は長らく機能していなかった(最近は違う)。むしろ逆転していて、生涯学習時代から始まり様々な問題が発生することによって徒弟制時代に回帰する傾向すらあると思う。

一方で、組織のマネージャが教育を考えるときに念頭にあるのは公教育制度時代の経験だったりする、というのが非常に問題をこじらせているのではないか、というのが個人的な気づきだった。

学びのモデル(#1.学びの実践科学としての教育心理学、他)

本書(というか教育心理学という分野)の骨子の一つが「学びのモデル」であり、これはつまり学習という行為をモデル化して考えるということだと理解している。
いわゆる公教育制度時代の学習は

  • 原理原則や科学的概念を「教える」

という考え方(だけ)に立っていたわけだが、「学びのモデル」においては

  • まず個人のもつ経験則や素朴な概念、が予め存在し
  • 原理原則や科学的概念を「教わる」ことにより
  • 学習した知識と、経験則がうまくつながりを生む

ことによって学びが深まるという考え方で、学びを捉えなおしている。

この考え方についても、ソフトウェア開発に携わっていれば、実感を持って理解できるだろう。いわゆる「手を動かす」という学習であり、また近年ではPBLなどの活用もこれに近いんじゃないかと考えている。腹落ち感が強い。

建設的相互作用(#7.対話で理解が深化する仕組み)

学校教育の1つの目的は、子どもたちの作り上げる経験則が素朴で、学校で教えたい科学的な考え方と違うときに、その素朴概念を科学的概念に変えていくことである。第4章でも触れたように、科学者が最初から科学的な理論を持っていたと考えるのはむしろ不自然で、彼らも子どもたちと同様、日常的に経験できることから次の現象の予測のための経験則を作り、それらをたくさんの人たちの間で突き合わせながら、真実により近い経験則、適用範囲のより広い経験則、より抽象的な科学理論へと作り変えていったと思われる。
この概念変化の仕組みを支えているのは、人と人との対話であり、そこに起きる建設的な相互作用である。

上記のことをまさに本書では建設的相互作用と呼んでいるのだが、これに関連したテーマは非常に勉強になった。まさにこの建設的相互作用はソフトウェア開発においてこそ重要な概念という気がしている。特に近年のソフトウェア開発プロジェクトは探索的になっているという意味では、要求や仕様面でも、技術面でも建設的相互作用をいかに生み出していくかが、重要な概念になっているのではないだろうか。

というわけで、万人にお勧めする本でないことは確かだが、自分の中では様々な(ソフトウェア開発に関連する)課題感のつながりを得る、非常に興味深い学びだった。また本書は現在はアジャイル開発コミュニティを中心に流行っているようだが、限定することなく、むしろソフトウェア開発一般的な課題への適用を考えることができるヒント集のようでもあると考えている。似たようなことを考えている人がいたら、ぜひ議論してみたい。

「エッセンシャルスクラム」前半を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第24回。今回選んだタイトルは「エッセンシャル スクラム」である。ちょっと2週間で読むには分厚いので前後編でお届けする。前編では「まえがき、第Ⅰ部(コアコンセプト)、第Ⅱ部(役割)」まで読んでいる。

エッセンシャル スクラム

エッセンシャル スクラム

最近すこし話題になった下記の記事では「エッセンシャル スクラム」は上級者向けに分類されている。これは完全に同意。いろいろと実践/経験した後に読むのがよさそう。

カイゼン・ジャーニー」の次に読む本としての「エッセンシャル スクラム

実は昨年、プライベートな読書会で「カイゼン・ジャーニー」を輪読することを推進していた(社内で興味のある人たちが参加し、私はサポートをする立場だった)。せっかくなので、と最終回には著者の一人である市谷さんにも参加していただきいろいろ話してもらったのだけれども、「次の読む本のオススメは何ですかね」という質問に対する回答が

だったのだ。その時はフーンと思っていたのだけれども、改めて本書「エッセンシャル スクラム」を読んでみたところ、なるほどと思ったのであった。

スクラムは始めやすいが学びにくいという問題

スクラムガイドでは、スクラムについてこのような記述がある。

スクラムフレームワークは意図的に不完全なものであり、スクラムの理論を実現するために必要な部分のみが定義されている。スクラムは実践する人たちの集合知で構築されている。スクラムのルールは詳細な指示を提供するものではなく、実践者の関係性や相互作用をガイドするものである。

また、個人的な実感としても非常にわかる

  • 様々な実践者の取り組みを聞きながら、試しながら、学習していく必要がある
  • マニュアルを読めばよいというものではない(というかプロセスそのものがマニュアル通りにやらないことを推奨している)
  • 結果として、様々なブログ記事、レポート、講演資料、カンファレンスなどが情報のインプットになる

もちろん自分はけっこう長い間この分野に関わってきたので、だいぶ様々な蓄積はある。でも自分が推進する場合はいいのだけれども、人にアドバイスをするときには「あれ? この話どこで聞いたんだっけ?」ということも多いのが悩みだった。

そういう点では「エッセンシャル スクラム」はだいぶ助けになる本である。スクラムの基本的概念を丁寧に紹介しつつ、実践部分について様々なノウハウもセットで紹介されているからである。

新しいスクラムチームに「スクラムガイド」を渡して、よい結果を期待することはできない。著者たちの比喩を使えば、チェスを初めてプレイする人にルールの説明書を渡して、まともに指すことを期待するようなものだ。「スクラムガイド」だけでは足りないのである。
本書『エッセンシャルスクラム』は、スクラムの基礎知識が一冊にまとまった、これまでにない本にしようと考えた。そのため、スクラムの原則、価値、プラクティスに関する詳細な議論を含んでいる。

うーん、もっと前に読んでおけばよかったな。

前半部分《まえがき、第Ⅰ部(コアコンセプト)、第Ⅱ部(役割)》の感想

というわけで前半部分を読んだところなのだけれども、収穫は多かった。
以下、特に興味深かった点を中心に抜粋する

  • 第1章 コアコンセプト
    • 最近はどこでも出てくるお馴染み「クネビン・フレームワーク」を用いた整理なのだけれども、スクラムが適していない領域について著者の経験を踏まえてハッキリと断言しているところが好感度高い。例えばスクラムを利用すべきではなく、カンバンを採用すべきといった実践的なアドバイスがあった。
  • 第4章 スプリント
    • どうやらIBM出身の著者による長期的/計画駆動型プロジェクトについてモチベーションが維持できない(だからスプリントがいい)という説明の中で出てくる「海を干上がらせる(ような途方もないプロジェクト)」という比喩は興味深い。あー、あるある。
  • 第8章 技術的負債
    • こういった章が独立して存在すること自体も素晴らしいが、内容も素晴らしい。技術的負債に関してはいろいろな書籍で触れられているが、著者の説明は極めて明快であり、かつ様々な議論を統合しているように感じた。
  • 第9章 プロダクトオーナー
    • 大規模(?)なプロダクトを管理する場合のプロダクトオーナーチームに関する議論が良い。一般的なスクラム本ではPOに関する深堀りはあまりされていない印象があり、実際のプロジェクトでボトルネックになりがちだ(私がSIer企業に所属しているから感じていることかもしれない)。プロダクトオーナープロキシ、あるいはチーフプロダクトオーナなどの概念が紹介されており参考になる。
  • 第13章 マネージャー
    • ファンクショナルマネージャ、およびプロジェクトマネージャとスクラムチームの関係性に関する論考で、ここも非常に良かった。ちょうどこの問題について整理するという課題が手元にあったのだけれども、だいぶ助かった。

というわけで現時点の感想は「噛めば噛むほど味が出る良書」という感じ。後半も楽しみである。

「世界はシステムで動く」を読んでシステム思考をキャッチアップした #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第23回。今回選んだタイトルは「世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方」である。いわゆる「システム思考」に関する本であり、この分野はそういえば不勉強だったので選んだもの。

ドネラ・メドウズさんと本書について

本書を読むまで詳しく存じ上げていなかったのだけれども、有名な「成長の限界―ローマ・クラブ「人類の危機」レポート」や「世界がもし100人の村だったら」の原案となったコラム「村の現状報告」に関わっていた方であった。

1993年、ドネラ・メドウズは、今あなたが手にしているこの本の草稿を完成させました。原稿はそのときには出版されず、数年にわたって仲間内で回覧されていましたが、ドネラは、本書の完成を見ることなく、2001年に突然この世を去ってしまいました。その後、数年たっても、ドネラが書いたものは幅広い読者にとって変わらず有益であることがわかりました。ドネラは、科学者であり、作家であり、システム・モデリングの最高のコミュニケーターだったのです。

上記の通り、本書は

  • 一般向けの解説書であり
  • 平易にシステム思考の基本的な原則
  • システム思考から発展させた(我々エンジニアになじみ深い言い方でいうと)様々なプラクティスとアンチパターン

が含まれていて、非常に読みやすいものとなっている印象である。

感想:モデリングベースで長期的・俯瞰的視点を持つために

巻末の解説でも言及されているが、「システム思考」は様々な学派や流派がある。本書で紹介されているものは「システム・ダイナミクス学派」に所属するようである。よって

  • 観察対象に対して数理的なモデルを検討する(抽象的なお絵かきでは終わらない)
  • モデルを構築して、シミュレーション思考で考える
  • モデルの構造からパターンを読み取る

という点が特徴であるように感じた。ここが、エンジニアとしての自分の思考には強くフィットしたと思う。

なお本書ではエッセンスが紹介されているのみであるが、本来的にはモデリングツールを活用して身近なビジネス課題や社会課題について深めていくべきなのだろう(残念ながら、本書では基本的なモデル概念しか紹介されておらず、モデリングやシミュレーションの詳細は触れられていない。ツールについては巻末に簡単な紹介があるのみ)。
以下のWikipediaページで紹介されているようなモデルを手元で動かしてみたいものだ。
en.wikipedia.org

ざっと調べた限りだと、このツールを使うのがよさそう。

とはいえ20年前の本であるということ

本書をきっかけに、(システム・ダイナミクス的な)システム思考の活用は深めたいと思うと思う一方で、気になったのは本書が20年前の本であるという点だ。
この現代においては進化したテクノロジービッグデータという「理論をすっ飛ばして正しい答えを導く」道具も誕生している状況である。
本書が紹介している深い思考と、ツールによる端的な解決のバランスというのは今後意識しておくべきことだろう。
また分析自体はテクノロジーに頼ったとしても、本書で紹介されている「システムの落とし穴」や「システムの世界に生きるための指針」はチェックリストとして活用し続けたほうが良いのだろう。

この本も読みたいなぁ(時間があれば)

「教育心理学概論」と「教育心理学特論」を比較してみた

アジャイル開発界隈で数年前から話題の「教育心理学概論」という放送大学教材がある。ただし放送大学としては本科目は終了しており、現在は放送大学院で「教育心理学特論」という形で提供されている。では「概論」と「特論」では何が変わっているのか、ちょっと調べてみた。「教育心理学概論・特論」は人をより賢くするにはどうすればよいかというテーマを扱った教育心理学に関する授業テキストである。

教育心理学特論 (放送大学大学院教材)

教育心理学特論 (放送大学大学院教材)

TL;DR

教育心理学特論」のアップデート内容に関する説明

教育心理学特論」の「まえがき」では次のように説明されている。

この印刷教材は、私たち自身が実践の科学を試みた証左でもある。私たちの1人である三宅芳雄が故三宅なほみ氏と共に作った『教育心理学特論』('12)と『教育心理学概論』('14)をベースとしながら、ほかの執筆者の2人も含め、実際にその知見を使って実践を行い、結果を踏まえて、状況が複雑に変わろうとも確かに使えるという知見を残し、それ以外を書き換えた。特に、三宅なほみ氏と共に開発・発展させた「実践の道具」である「知識構成型ジグソー法」を軸とした実践研究の成果を第9章以降に大幅に加筆した。

というわけだが、実際にはどうだろうか。実際に2つのテキストを並べて内容を比較してみた。

教育心理学特論」と「教育心理学概論」印刷教材の比較

以下が2つのテキストをざっと比較した結果である。結果として「概論」の全ての章は何らかの形で引き継がれており、さらに情報が追加されている形になっているようだ(一語一句確認しているわけではないが)。
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複数の章が統合されているので何かしら省略されているのではないか、という不安があるかもしれないが、おそらく問題無いと思われる。そもそもボリュームが大幅にアップしているのだ。

  • ページ数:249ページから300ページに増量
  • 1ページあたりの情報量:フォントが小さくなったわけではなさそうだけど、ページのマージンを削っているようで1ページの情報が増えている
  • ちなみに価格も上がってはいる:2100円→2900円

「概論」は放送大学教養学部科目だったのに対して「特論」は放送大学大学院の科目であることから、各章について論考等が付け加えられているのも特徴と言えるだろう(これを、取っつきにくくなったと捉えるのか、読みごたえが増えたと考えるのかは人によるだろうが)。

というわけで、いまから「教育心理学概論」に興味を持ったのであれば「教育心理学特論」を選んだほうがお徳のようである。

ところで、実際の放送大学の講義はどうか?

わたしは現役の(?)放送大学生ということもあるので、オンデマンドで大学院の講義もオンライン視聴が可能である。そこで1月末から視聴を始めているのだが、かなり興味深い。放送大学に入学しなくともラジオ、BSラジオ、radikoなどで視聴可能なので検討をお勧めする(4月、または10月から週次放送。1月後半~2月、7月後半~8月に集中再放送がある)。

  • 形式はラジオであり映像はなし
  • 印刷教材は補足資料の位置づけであり、原則として三宅芳雄先生+白水先生他(章によって異なる)の対談形式である
  • 印刷教材では触れられていないポイント、事例に関する感想やコメントが充実しており、非常に面白い

もちろん放送大学に入学すれば、提供中の科目についてはアーカイブに一括してアクセスできる(教養学部制でも大学院を含む全ての授業が視聴可能)。