勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

コミュニケーションの質を上げろ!『組織を変える5つの対話』を読んだ

読むのがホネな技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第68回。同僚と読書期限を約束することによって積読が確実に減るという仕組み。過去記事はこちら

さて、今回読む本は「組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る」である。

なお私は電子版で読む派なのでよくわからないのだが、物理書籍派のバディから「けっこう分厚いっす」というタレコミがあったので今回は1週間延ばして3週間で読んだ。確かに2週間はちょっと難しかったかも。

『組織を変える5つの対話』の概略

ひとことで言うと、アジャイル開発を下敷きに「組織内部のコミュニケーションの質を上げる」ことにフォーカスをあてた本である。よって説明に利用される事例もソフトウェア開発プロジェクトではあるがアジャイル色は薄い。メンバー全員が効果的に働く自律的なチームを実現するために、どのような点に留意してコミュニケーションをすべきかという課題は様々な仕事で応用が聞くだろう。そういう意味では誰にでも有用な本だと思う。

一方で、そのようなチーム構築を目指す必要がない仕事も存在する。例えば(私が所属しているような)受託開発を行うSIerである(ぎゃふん)。ただ、そういった場合でも活用できるテクニックや考え方が参考になるので読む価値はあるだろう。

訳者の和智右桂さんの紹介がより詳しい(そして正しい)。
digitalsoul.hatenadiary.org

テイラー主義からの脱却

本書の大きな流れの根底には、テイラー主義からの脱却というものがある。

自分たちがどう変わるべきかを理解するために、自分たちが育った文化を理解しましょう。本章で述べるように、私たちはまだソフトウェア工場という大量生産のパラダイムからまだ脱却しきれていません。
組織を変える5つの対話 ―対話を通じてアジャイルな組織文化を創る、1章 ソフトウェア工場からの脱却 より

テイラー主義はもはやあらゆるところで語られているのだけれども、本書はコミュニケーションの課題に着目して再整理がされており新鮮であった。詳細は書籍を手に取っていただくとして、要旨はこんなところだろう。

  • 工場の生産性向上のためにテイラー主義(科学的管理法)が誕生
  • 工場で機械式組み立てラインのために編み出されたテイラー主義が、ソフトウェア産業のオフィスに持ち込まれた
    • 組み立てラインのないソフトウェア産業において、組み立てラインにかわるものとして「紙」が導入された
  • 文書駆動のソフトウェア開発が追求されるが、うまくいかなかった
  • 人間中心アプローチへの回帰(アジャイル、DevOps等)

ただ著者によれば、アジャイル開発を採用しているにも関わらず、マインドセットやコミュニケーションの質が従来の(テイラー主義に影響を受けた)文化のままであるという事例も多いという。そういった事例のメタファーとして著者は「フィーチャー工場」をあげている。ここから脱却するためにはコミュニケーションの質を大きく改善しなければならない、というのが著者の主張である。異論はない。

『組織を変える5つの対話』は、日本のソフトウェア産業での活用は可能か

というわけで本書は大変に良い本なのだけれども、一方で日本のソフトウェア産業で活用できるかというと色々と課題もありそうだ。

冒頭でも少し触れたが、新たなデジタルツールを活用した新規事業や新しいテックカンパニーであれば問題はないだろう。しかし(この言い方はちょっと語弊があるのだけれども)最近JTCと呼ばれるような、SIerやソフトウェア開発サービスを提供する企業やチームにとっては、少し難しそうではある。受発注の関係でビジネスオーナーとデベロッパーが分断されているようなケースがそれにあたるだろう。

とはいえ本書で紹介されているテクニックを個別の課題に適用するという使い方もある。「人のためのテスト駆動開発」、「辻褄合わせからの脱却」、「共同設計」、「ウォーキング・スケルトン」、「指示に基づく柔軟対応」といったテクニックはそれぞれが興味深く、シチュエーションによって利用できそうだ(個人的に気に入ったし、すぐに使いそうなのは「人のためのテスト駆動開発」である)

2024年上半期に読んだ本まとめ

2024年1月~6月に読んだ本のまとめ。カウント対象は期間中に読み終わったものに限り、読みかけの本は対象外としている。あとコミック、漫画雑誌類もけっこう読んでいるのだけれども、これは除外。
この6カ月では68冊の本を読んだらしい。感覚的には平常運転。

いつもどおり半期で読んだ本の中で良かったものをピックアップしてみる。

文芸書のおすすめ(一般編)

万人におすすめしたいとすれば村上春樹さんの最新作である「街とその不確かな壁」になる(内容も文章も含めて完璧な小説!)だろうし、ガツンと頭を殴られるようなインパクトを感じたいのであれば賞も取った「ハンチバック (文春e-book)」も素晴らしいが、この半年の読書を振り返ると、赤川次郎さんのこの連作をピックアップしたい。

「ふたり」は映画にもなった赤川次郎さんの代表作で、1989年の作品である。当時の自分が読んだのかは記憶がおぼろだけれど、今改めて読むと「そうそう、赤川次郎さんの小説ってこんな感じだった!」という良い小説である。なつかしさと、小説そのものの面白さが楽しいのだ。
そして「いもうと」。そもそも「ふたり」を改めて読んだのは本作(2022年刊)が発表されたからなのだ。30年ぶりに出た続巻ということで、さてどうだろう。これが読み始めたらびっくりである。なぜなら、マジで何事も無かったように、つづきなのだ。30年ぶりに出た伝説の小説の続編だったら、何か大きな仕掛けを予想してしまうのではないだろうか。仕掛けはない。おもむろに前作の終わったところから中断もなく日常が続いているのである(ただ、その後に作品内で10年くらいの年月は流れていく)。

別にそういったSFではないのだけれども、タイムトラベル感のある良い読書ができるので、未読であればおすすめしたい。

文芸書のおすすめ(趣味のSF編)

SF小説じゃねーだろ!というつっこみを受けそうだけど、これ。ほぼSF。

有名なイーロン・マスク氏の2023年4月までの伝記であるが、キャラが立ちすぎていて、イベントが多すぎて大変に面白いのだ。特に下巻は時間の流れがおかしいというか事件が起きすぎている。もちろん現在進行形の話ではあるのだけれども、続巻には「三体」のような驚天動地の展開が期待されるので、ほぼSFだろう。楽しむなら早くに読んだ方がよさそう。

教養書のおすすめ

この本は大人は全員読んだ方がいいと思うくらい良い本だった。

倫理学と言われると一般的には「道徳」を想起させてウェーッとなる人も多そうな気がするが、ちゃんと学ぶとたいへん役に立つのだ。本書でもこう書かれている。

まえがきに書いたように、この本は倫理学の専門知識を学ぶためのものではありませんでした。では、この本を読んで何が分かる、何ができるようになるか。それは、簡単に言うと、あれこれあーだこーだと迷うような場面で倫理的な判断ができて答えが出せるようになる、少なくとも、自分たちが人生を生きているいろんな場面の意味が理解できるようになるということです。
ふだんづかいの倫理学、序章 この本の使い方 より

ビジネス書のおすすめ

鬼時短―電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則」は有用度が高かったのだけど感想を書いたので、ここでは別の本を取り上げたい。

最近もよく話題となるジョブ型雇用だが、12年前に著者の 濱口さんが「新しい労働社会」という本で取り上げたのが流行(?)のきっかけだったようである。一方で、著者から見るとジョブ型雇用の誤解もはなはだしい。というわけで改めて日本の労働問題を整理するという本であるが、切れ味鋭く大変に参考になるものであった。その射程は雇用問題だけでなく、学び直しやリスキリング、高齢者雇用、ワークライフバランスからメンタルヘルスまでに至っている。社会や会社に対して不満があったら、まず読んでおくと良さそう。新書なので気軽に読めるのもポイントは高い。

技術書のおすすめ

有用性という意味では、長らく積んでいた「ソフトウェアアーキテクチャの基礎 ―エンジニアリングに基づく体系的アプローチ」や「詳解 システム・パフォーマンス 第2版」などが読めたのは良かった。どちらも大変に参考になるが読むのも大変だった。

また、以前から気になっていた「リーダーの作法 ―ささいなことをていねいに」はマネージャ向けのエッセイ集ということで気軽に読めるし気づきは多い良い本だという感想。

あなたが手にしているこの本(紙であれ電子書籍であれ)は、私がマネージャーになった最初の数年間に、しっかりとしたサポートを受けられなかったことへの不満から生まれたものです。
リーダーの作法 ―ささいなことをていねいに、第I幕の冒頭より

この書き出しが期待値を高めたが、内容は期待以上だった。おすすめ。

この半期の振り返り

最近は意識して新書を手に取るようにしるので、結果として読んだ本数は増えている。近著で話題になった本だけでなく古い岩波新書については読んでみたいリストが詰みあがっているので、これを減らしていきたいのだ。もちろん新しい本も読んでいくのだけれども名著にも当たっていきたい。最近だと「なぜ働いていると本が読めなくなるのか (集英社新書)」(こちらも読みたいのだが、まだ未読)が話題だが、まあ趣味なので気にせずやっていこうと思う。今年の後半は、積んでいる大著「万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~」を読み切りたい。いやー楽しみだ。

2024年上半期に読んだ本

  1. 詳解 システム・パフォーマンス 第2版
  2. ふだんづかいの倫理学
  3. 熟達論―人はいつまでも学び、成長できる―
  4. 三つの棺〔新訳版〕
  5. All You Need Is Kill (集英社スーパーダッシュ文庫)
  6. 今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる (講談社現代新書100)
  7. 批評理論入門: 『フランケンシュタイン』解剖講義 (中公新書 1790)
  8. 方形の円 偽説・都市生成論 (創元SF文庫)
  9. ラウリ・クースクを探して
  10. リデザイン・ワーク 新しい働き方
  11. ツインスター・サイクロン・ランナウェイ2 (ハヤカワ文庫JA)
  12. イーロン・マスク 上 (文春e-book)
  13. なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか
  14. オリーヴ・キタリッジの生活 (ハヤカワepi文庫)
  15. 独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」 (講談社現代新書)
  16. イーロン・マスク 下 (文春e-book)
  17. NHK 100分 de 名著 ローティ『偶然性・アイロニー・連帯』 2024年 2月 [雑誌] (NHKテキスト)
  18. 会話を哲学する~コミュニケーションとマニピュレーション~ (光文社新書)
  19. 標本バカ
  20. 世界標準の経営理論
  21. ソフトウェアアーキテクチャの基礎 ―エンジニアリングに基づく体系的アプローチ★書評①
  22. 実験の民主主義-トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ (中公新書 2773)
  23. 目の見えない白鳥さんとアートを見にいく (集英社インターナショナル)
  24. 目的への抵抗―シリーズ哲学講話―(新潮新書)
  25. ジョブ型雇用社会とは何か: 正社員体制の矛盾と転機 (岩波新書 新赤版 1894)
  26. NOVA 2023年夏号 (河出文庫)
  27. 街とその不確かな壁
  28. マルドゥック・アノニマス 4 (ハヤカワ文庫JA)
  29. 自由と規律: イギリスの学校生活 (岩波新書 青版 17)
  30. マルドゥック・アノニマス 5 (ハヤカワ文庫JA)
  31. 冒険の書 AI時代のアンラーニング★書評
  32. 仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)
  33. INSPIRED 熱狂させる製品を生み出すプロダクトマネジメント
  34. ポートスキャナ自作ではじめるペネトレーションテスト ―Linux環境で学ぶ攻撃者の思考
  35. 数学入門 上 (岩波新書)
  36. 楽園とは探偵の不在なり (ハヤカワ文庫JA)
  37. サーバントリーダーシップ
  38. 数学入門 下 (岩波新書)
  39. 岩波新書をよむ―ブックガイド+総目録 (岩波新書)
  40. ハンチバック (文春e-book)
  41. ランサムウエア追跡チーム はみ出し者が挑む、サイバー犯罪から世界を救う知られざる戦い
  42. ちっちゃな科学 - 好奇心がおおきくなる読書&教育論 (中公新書ラクレ 551)
  43. ふたり (新潮文庫)
  44. 今を生きる思想 西田幾多郎 分断された世界を乗り越える (講談社現代新書)
  45. いもうと(新潮文庫)
  46. データモデリングでドメインを駆動する──分散/疎結合な基幹系システムに向けて★書評①
  47. マルドゥック・アノニマス6 (ハヤカワ文庫JA)
  48. 客観性の落とし穴 (ちくまプリマー新書)
  49. チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク (竹書房文庫)
  50. 大規模データ管理 ―エンタープライズアーキテクチャのベストプラクティス
  51. アジャイル品質パターン「QA to AQ」 伝統的な品質保証からアジャイル品質への変革(CodeZine Digital First)
  52. ルワンダ中央銀行総裁日記 [増補版] (中公新書)
  53. わたしたちの怪獣 (創元日本SF叢書)
  54. 未来経過観測員 (角川書店単行本)
  55. マルドゥック・アノニマス7 (ハヤカワ文庫JA)
  56. 数理モデル思考で紐解くRULE DESIGN -組織と人の行動を科学する-
  57. 鬼時短―電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則★書評
  58. マルドゥック・アノニマス8 (ハヤカワ文庫JA)
  59. 人生が整うマウンティング大全
  60. 皆勤の徒 -Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作
  61. リーダーの作法 ―ささいなことをていねいに
  62. 組織の<重さ>―日本的企業組織の再点検 (日本経済新聞出版)
  63. 歴史とは何か 新版
  64. 生物から見た世界 (岩波文庫)
  65. 観光客の哲学 増補版 ゲンロン叢書
  66. ダリア・ミッチェル博士の発見と異変 世界から数十億人が消えた日 (竹書房文庫)
  67. ファラオの密室
  68. 宮本常一『忘れられた日本人』 6月 (NHKテキスト)

過去の読書ふりかえり記事

あと過去にこんなのも書きました

この本を読んだ上司の元で働きたい「鬼時短」を読んだ感想

読むのがホネな技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第67回。同僚と読書期限を約束することによって積読が確実に減るという仕組み。過去記事はこちら

さて、今回読む本は「鬼時短―電通で「残業60%減、成果はアップ」を実現した8鉄則」である。

なお一応書いておくと、ぶっちゃけこの本に書かれている某企業のグループ会社勤務ですが、様々な意味で関係ございませんし本記事は個人の感想です(本記事のタイトルも含む)。

この本を読んだ上司の元で働きたい

さて本書は文字通り「時短の本」なのだが、テクニック本ではなく、社長が説教される本である。
そしてそのロジックが某大企業の生々しくて切羽詰まったエピソードを通じて語られており、心に染み入る。そしてなにより、某企業がやり切ったという実績もあるのである。強い。

わたしは本書を読み終わってから知ったのだが、著者の現職企業が公開しているYouTubeの動画を見るのが本書を理解する上では手っ取り早い(約1時間の動画)
裏側というタイトルになっているが、本書の要点がちゃんと紹介されているプレゼンテーションである。
youtu.be

というわけで本書は大変に良い本だった。
しかし、ひとつ問題がある。それは
わたしが社長ではない
ということである。

しかしちょっと待て。自問しよう。
おまえは社長ではないかもしれないが、
お前にはチーム(部下)があるだろう

そうだ。だから社長以外のリーダー全員に読む価値はある。

部下に丸投げをせず、自らの責任を果たせ

前述の動画でも紹介されているのだけれども、本書の出版社ページから「鬼時短【23の「やること」と58の「チェックポイント」リスト】」はまるまるダウンロード可能である。

そこに書かれていることを抽象化すると「部下に丸投げをせず、自らの責任を果たせ」ということになるだろう。
そしてマネジャーになってしまうと(偉くなったという錯覚もあり)間違ってしまいがちなことでもある。

  • 方針だけ決めて あとは「うまくやれ」
  • わからないことがあったらオレに「聞いて」

ではダメということが本書でもたびたび強調されている。
本書のテーマは「全社単位の時短/業務改革」であるからこそ、想定読者は経営者となっている。しかし同じようなシチュエーションは部署やチーム単位でもいろいろとあるだろう。生産性の向上やコスト削減、リードタイムの短縮など。今ではFour Keysがどうしたこうしたという話もある。

本書が語ることは、「やりたかったら、自分で責任をもってやれ」である。

というわけで、コンパクトで熱いメッセージが込められており、本書はとても刺激的であった。今後 周囲の人に勧めていく予定。
さて、次は何を読みましょうかね。

エンタープライズアーキテクチャの終焉(また?)

アジャイルもよく終わるけど、エンタープライズアーキテクチャ(EA)もよく終わる。最近読んだ「大規模データ管理 ―エンタープライズアーキテクチャのベストプラクティス」(第1版)でまた終焉してたので考えたことを書く記事。なお読んでいる間に第2版が発売されてしまったようで、しょんぼり。

先に自分の意見を表明しておく

システム構築におけるバイモーダル戦略と同じように、EAにも状況によるグラデーションがあるのではないかと最近考えている。図にするとこんな感じだ。

  • 法制度や規制に近い領域では、静的で強固なEA、より細かく言えばビジネスアーキテクチャBAやデータアーキテクチャDAが要求される
  • 一方で変化する時代や市場に適応すべき領域(加速する世界)では従来型の静的なEAは成立しない。動的なEAに変化することが求められる
  • SoE/SoRはどちらも競争圧力(高度化+コスト圧縮)がかかるので図でいう右上へのシフトが求められ続ける

何が言いたいのかというと、従来型のEAが通用する領域は現在も存在しているのだが、それはひどく小さくなっているということだ。これが現在の私の意見てある。

従来のエンタープライズアーキテクチャの終焉

さて、「大規模データ管理 ―エンタープライズアーキテクチャのベストプラクティス」の話に戻ると終章にて次のようにある。

11.4 従来のエンタープライズアーキテクチャの終焉

エンタープライズアーキテクトの役割は、アーキテクチャそのものと同じくらいに変化するでしょう。(中略)このような役割(戦略家、高度な技術を持つエンジニア、情報管理者)は、従来の「静的なオブジェクトやダイアグラムだけで考え、IT部門の奥深くにいるアーキテクト」という固定観念とは大きく異なります。エンタープライズアーキテクチャ(EA)を実践するには、新しい時代に合わせて、さまざまな役割を行う必要があり、多様な領域に注力しなければなりません。

詳細は同書の11章を参照いただくとして、この後には概ねこんなことが書かれている。

  • 形式化されたモデルやVisioダイアグラムは、動きの激しい現代では通用しない
  • エンタープライズアーキテクト専門家から問題解決者に変わらなければならない
  • コントロール(取り締まり)モデルから脱却して、別の形のガバナンスを実現しなければならない

これは、以下のように言い換えてもよいだろう。

  • 委員会モデル(EA評議会のような)でのデータマネジメントはもうダメだ。つまり企業として単一/標準的なモデルをコンサルタントが策定し、それを個別の各システムに守らせたり、守っていることを証明させるようなマネジメントは現実的ではない。
  • 少なくともデータに関しては、データアーキテクト自らが個別のシステム開発プロジェクトに入り、ビジネスユーザーと一緒にデータモデル上の問題解決を図るようなアプローチを目指すべきだ。

簡単ではないだろうが、理想としてはよく分かる。

Complex Enterprise Architectureへ

そういえば2019年に読んだ「Complex Enterprise Architecture: A New Adaptive Systems Approach (English Edition)」でも、EAを複雑適応系として扱うべき(=静的なものではなく、動的なものとして考える)という話だった。

agnozingdays.hatenablog.com

  • 新EAはトップダウンのアプローチをやめる。企業情報システムの全容を少数のエンタープライズアーキテクトが掌握、管理することは現実的ではない。そこで組織の創発的な行動に任せて、目標の達成方法を把握しながら監視することに集中する。
  • 新EAは各システムの互換性や相互運用を可能とするための規律と制約を策定、共有する。

ただ、この時も書いたのだけれども方向感は納得できる一方で、どのように運用していくべきなのかのイメージがまだついていない。

むしろ現代的にはAI利活用を中心とした巨大なデータプラットフォームを構築してしまい、力業で解決する方向性に言ってしまうという可能性もあるのだろうか。

 

探索は続く……

 

「データモデリングでドメインを駆動する」を読む Part.2

読むのがホネな技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第66回。同僚と読書期限を約束することによって積読が確実に減るという仕組み。過去記事はこちら

さて、今回は前回に引続き「データモデリングでドメインを駆動する──分散/疎結合な基幹系システムに向けて」である。前回、前半の第2部まで読んだが、今回は残りを最後まで読んだ。

「データモデリングドメインを駆動する」はレコード駆動設計(?)の本

前回の記事では本書を以下のように紹介した。

さて、(まだ半分しか読んでいないけど)本書は概ねこのような本である

  • 既存の基幹系システムを概観し、課題を指摘した上でよりよい基幹システム像を提言する(第1部)
  • 基幹システム(SoR)を、活動のシステム(SoA)と経営管理のシステム(SoM)に大きく分離し、データアーキテクチャレベルで検討する(第2部)
  • 横断的な関心事となりそうな重要要素について整理検討する(第3部)※まだ読んでない
  • データモデリングの基礎を再考する(第4部)※まだ読んでない

今回通読し、あらためて本書は(このような表現をされてはいないのだけれども)レコード駆動設計の本という印象を持った。

  • 本書で通底するテーマはビジネスの核心としての「帳簿」である。そういう意味では帳簿駆動設計になるのだが、帳簿という言葉の印象もまた広すぎるので、あえて言うなら「(ビジネス)レコード駆動設計」と考えるのが個人的には良さそうに思えたのだった。
  • 類似のコンセプトは、業務設計に関する素晴らしいエッセイ集である「Web世代が知らないエンタープライズシステム設計」で示される「帳簿組織を意識した設計(帳簿設計)」というコンセプトの詳解版とも言えるだろう。
  • ドメイン駆動設計(DDD)の良さと重要性は認めつつ、その危うさを指摘し、エンタープライズ企業システム設計における要点を、今は薄れつつあるデータ中心設計(DOA)から展開した設計論で拡張している。

かなりハイレベルな内容を扱っているので、ビギナーにはお勧めできない一方で、一度でもエンタープライズ企業システム設計に関わり悩んだ人であれば、非常に大きな学びが得られる本だと思う。
またエンジニアではなくビジネスユーザーの立場で、要件定義やデータ設計に課題感がある人にも(ちょっと難しいけれど)ぜひ目を通して欲しい本である。

上流工程でデータモデリングが軽視されがちな問題

というわけで本書は極めて良い本なのだけれども、一方で上流工程でデータモデリングはあいかわらず軽視されがちである。これを何とか出来ないものか
DXブームとアジャイル開発手法の追い風もあって、現在主流の要求分析の手法はユーザー中心的なアプローチである

  • ユーザー中心的なアプローチとは、ユーザーストーリーやそれに類する要求分析手法のこと
    • もちろんこの手法は誤りではない。機能中心の分析に比べれば極めて適切な進歩ではある
    • しかしエンタープライズ向けの基幹システム設計には向いていない。この点についての理解がまだ業界的には正しく出来ていない印象だ
  • 例えばIPAのユーザー向け要件定義ガイドではデータモデリングの重要性は語られているが、浸透していないのが実情ではないか
  • ドメイン駆動設計によって、ある程度「ドメインについて深く考察する」重要性は再認識されつつあると思う一方で、これは本書で指摘される通り別の課題もあるのだ

ドメイン駆動設計は、ソフトウェア作りという私たちの日々の営為をドメインにおける情報処理の進化と結び付けたいという、エヴァンス氏の希望から生まれたものととらえています。知識のかみ砕き、深いモデルといった表現はそのことをよく表しています。そうした思想は広範な支持を集めました。しかしその一方で、軽量DDDにみられるとおり、ドメインに対峙せずに実装に近い設計を競う換骨奪胎的な動きも広くみられます。また、帳簿の重要性を看過し、過剰に計算判断寄りになる傾向や、過剰にドメイン寄りになって、技術がもたらす可能性を十分に活用しない傾向など、設計における焦点のズレを助長している面があるようにも見受けられます。
データモデリングでドメインを駆動する──分散/疎結合な基幹系システムに向けて、14.5 ドメイン駆動設計に共感しつつ批判する、より

思うに、データモデリングの作業は検討者への負担が重いのだ。少数の検討者で深い考察を行う(そして正解はない)ものであるので、われわれは自然とデータモデリングを避けてしまっているのだろう。しかし本書で語られている通り、データモデリングエンタープライズ向けの基幹システムという領域においては、避けて通れない核心であろう。忌避せず真正面から向き合うために、本書はヒントを与えてくれるような気がしている。

「データモデリングでドメインを駆動する」を読む Part.1

読むのがホネな技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第65回。同僚と読書期限を約束することによって積読が確実に減るという仕組み。過去記事はこちら

さて、今回は「データモデリングでドメインを駆動する──分散/疎結合な基幹系システムに向けて」である。今回は読書会メンバーで少しディスカッションをして選書。みんな、著者の杉本さんのシステム開発に関するXでのポストなどもよく見ていたので、読んでみようということになった。また目次を見る限りでは骨太のようなので、前後編に分けて読むことにしている。というわけでPart.1では 第1部と第2部を取り扱う。

「データモデリングドメインを駆動する」とはどんな本か

さて、(まだ半分しか読んでいないけど)本書は概ねこのような本である

  • 既存の基幹系システムを概観し、課題を指摘した上でよりよい基幹システム像を提言する(第1部)
  • 基幹システム(SoR)を、活動のシステム(SoA)と経営管理のシステム(SoM)に大きく分離し、データアーキテクチャレベルで検討する(第2部)
  • 横断的な関心事となりそうな重要要素について整理検討する(第3部)※まだ読んでない
  • データモデリングの基礎を再考する(第4部)※まだ読んでない

類書だと次のようなものになるだろうか。

この3冊は既読であり、どれも非常に参考にしている。こちらの本は残念ながらまだ読めていない。読まねば……

エンタープライズシステム開発におけるビジネスアーキテクト/システムアーキテクト必携の書

(まだ半分しか読んでいないけど)本書はいわゆるエンタープライズシステム開発における、ビジネスアーキテクトとかシステムアーキテクトにとっては必読本の一つになるだろう。
システムアーキテクトには疑問点がつくかもしれないが、いわゆるIPA情報処理技術者試験が定義する「システムアーキテクト」は、ほぼ上流工程人材なので間違いではないだろう。

情報システム戦略を具体化するための情報システムの構造の設計や、開発に必要となる要件の定義、システム方式の設計及び情報システムを開発する業務に従事し、次の役割を主導的に果たすとともに、下位者を指導する。

  1. 情報システム戦略を具体化するために、全体最適の観点から、対象とする情報システムの構造を設計する。
  2. 全体システム化計画及び個別システム化構想・計画を具体化するために、対象とする情報システムの開発に必要となる要件を分析、整理し、取りまとめる。
  3. 対象とする情報システムの要件を実現し、情報セキュリティを確保できる、最適なシステム方式を設計する。
  4. 要件及び設計されたシステム方式に基づいて、要求された品質及び情報セキュリティを確保できるソフトウェアの設計・開発、テスト、運用及び保守についての検討を行い、対象とする情報システムを開発する。
  5. なお、ネットワーク、データベース、セキュリティなどの固有技術については、必要に応じて専門家の支援を受ける。
  6. 対象とする情報システム及びその効果を評価する。

システムアーキテクト試験 | 試験情報 | IPA 独立行政法人 情報処理推進機構、業務と役割

IPAシステムアーキテクトが上流工程スキルを多くカバーしているのは意外と見落とされているポイントだと思う。上流工程力に課題感のあるエンジニアにはこの資格試験を割と積極的におすすめしている)

名前付けの素晴らしさ:SoAとSoM

本書で素晴らしいのはまず、企業の基幹システムつまりSoR(System of Record)を分解して、SoA(System of Activity)とSoM(System of Management)と名付けたことだと思う(SoAには別の意味がすでにあるけど)。おそらく類似のシステムアーキテクチャの整理は何度もされてきたはずだ。しかし名前がなければアーキテクチャの構造についての議論などはできない。基幹システムは対象業務や組織によって千差万別なのだからだ。そういう意味では本書、というかSoA/SoMの対置は流行ってほしい。

悩ましいのは移行の方法

おそらく未読の3章以降でも触れられていないようなのだけれども、悩ましいのは本書で論じられているアーキテクチャへの移行方法について触れられていないことだ。マイクロサービスアーキテクチャについては、ストラングラーパターンという移行方式についての議論がある。本書で論じられているSoA/SoMアーキテクチャへの移行については、このパターンに類似の方法を取ることになると思われるが、それでもかなり悩ましいだろう。しかし、基幹システムをビッグバンで再構築するのは現代ではかなり困難である。その点について、本書を起点にいろいろなところで議論が巻き起こったりすれば良いのではないだろうか。

あと2週間で残りを読んで、つづきの記事を執筆する予定である。さて後半にはどんなことが書いてあるのだろう

おっさんエンジニアの放送大学教養学部に入学記録8(4年目後期終了)

2020年4月から放送大学教養学部「人間と文化コース」に入学して、これまで勉強してこなかった人文系の勉強を始めている。4年目後期が終わったので感想をまとめておく。

目次

もうすぐ50のオッサンが放送大学の全科履修生として気ままに授業を取っている。理系の大卒資格は取っているので卒業をゴールにはしていない。学割の利用や大学図書館サービスなども活用できるので、割とお得な趣味である。授業はすべて(受講していないものも含めて)ネット配信されているので好きなペースで進めることができる。

4年目後期に受講した科目

この半年で受講した科目はこちら

社会と産業の倫理(’21)

社会と産業をめぐる諸科学において、倫理の問題がどのように取り上げられているかを検討する。「いかに生きるべきか」「善く生きるとは何か」といった問いをめぐるものである倫理は、あらゆる人間活動において、極めて重要な要素である。しかしながら、科学的方法にとって、倫理の問題の扱いは、けっして容易なものではない。本講義では、倫理の問題がなぜ重要なのか、それを学問的に扱うにはどうしたよいのか、そして、学問的な営みそのものにとって、どのような倫理的検討が必要なのか、といった問いを、さまざまな領域の専門家が検討するさまを紹介する。

  • (本来は哲学とか美術を学びたかったはずなのに)突然どうした?という感じであるが、少し倫理学について深めたくなって選択した科目である。
    • 某勉強会で、大学の倫理学講義に関する動画を同時視聴したり、倫理学関連の本を読んできた影響でもある。
  • 倫理学という分野の概観に始まり、企業倫理と内部統制までをカバーしていて、教養の枠を超えて仕事にも役立つ良い科目だった。
  • 一応、技術士であったりセキスペの資格を持っているという点でも倫理については敏感なつもりだったが、授業として聞くのは意味深い。社会人にはおススメ

考古学(’18)

モノである考古資料は、そのままでは何も語ってくれない。考古学は、モノからさまざまな方法で情報を読み取り、過去の社会や文化を復元し歴史を構築していく学問である。そこで、発掘調査や型式学・年代論・機能論・分布論などの方法論、隣接科学の考古学への応用、それをもとにした具体的な歴史の復元など、考古学の基礎を体系的に講義する。初めて学ぶ者から専門的な学習を目指す者まで幅広い学生を対象としている。

  • 以前からちょっと気になっていた科目。ソフトウェア開発者として要求や仕様策定の方法として「考古学的アプローチ」なるものが考えられないのか……などと妄想していたこともあって受けてみたかったのだ。
  • 考古学という学問や方法論に関する講義はかなり興味深い一方で、考古学を通じた人類史に関する講義は少し苦手なので大変だった。試験も難しく感じた。

初歩からの数学(’18)

これから大学で数学の勉強をするにあたって必要な事柄を解説する。講義の内容は、高等学校までに学ぶ数学であるが、それをできるだけ体系立てて解説していく。数学の各分野におけるさまざまな基本概念を理解することに重点をおき、数学的な見方、考え方、そして正確な議論の進め方を学ぶ科目として講義する。特に初学者にとって分かりづらいとされる分野を丁寧に解説したい。

  • この科目は聴講のみ(テキストを購入して授業は視聴するが、単位は認定されない)
  • 一応、理学部を卒業しているので一通りの数学は出来たはずなのだが、だいぶ忘却してしまった。というわけで数学の学び直しをしたいという気持ちがあったのだ
  • この科目は様々な教養書でよくおススメされていたので手を出してみたもの
  • さすがに前半は簡単すぎるので聞き流し。後半からはだいぶ興味深かった。また講義よりもテキストが素晴らしく、興味深い証明などについては実際に手を動かしながら学び直すのが良かった

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来期(5年目前期)の予定

以下を受講予定。

ちょっとソフトウェア工学とかも気になり始めているのだけれども、欲張りすぎると破綻するのでマイペースで継続したい

これまでの記録

これまで受講した科目

  1. 哲学・思想を今考える(’18):1年目前期
  2. 西洋芸術の歴史と理論(’16):1年目前期
  3. 総合人類学としてのヒト学(’18):1年目前期
  4. 博物館概論(’19):1年目後期
  5. 文学・芸術・武道にみる日本文化(’19):1年目後期
  6. 西洋哲学の起源(’16):1年目後期
  7. 教育心理学特論(’18):1年目後期 ※大学院科目の聴講
  8. 「人新世」時代の文化人類学(’20):2年目前期
  9. 日本美術史の近代とその外部(’18):2年目前期
  10. 現代フランス哲学に学ぶ(’17):2年目前期
  11. 記号論理学('14):2年目後期
  12. 舞台芸術の魅力('17):2年目後期
  13. 西洋音楽史(’21):3年目前期
  14. レジリエンスの諸相(’18):3年目前期
  15. 心理学概論(’18):3年目前期
  16. 現代の危機と哲学(’18):4年目前期
  17. アメリカの芸術と文化(’19):4年目前期
  18. 中高年の心理臨床(’20):4年目前期
  19. 社会と産業の倫理(’21):4年目後期(本記事)
  20. 考古学(’18):4年目後期(本記事)
  21. 初歩からの数学(’18) :4年目後期(本記事)