以前に読んだ「教育心理学特論 (放送大学大学院教材)」が面白かったので、改めて心理学について学んでいる。あらためて基礎からというつもりで導入科目の「心理学概論 (放送大学教材)」の授業を受けているのだけれども、講義中「文化心理学」の紹介で紹介されていた思考様式の話が興味深かったので、調べたり考えたことについて記す。
- 以前に読んだ教育心理学特論に関する記事はこちら
文化心理学とは
欧米を中心に発展した心理学は実際には研究対象の母集団が欧米の白人男性に集中しているという問題がある。これを問題と考えて提唱された文化心理学は、心理学の文化的側面(欧米とアジア圏などの文化差)に着目した心理学の研究分野である、というのがざっくりとした自分の理解である。
文化と視点、注意配分
「心理学概論 (放送大学教材)」の授業で紹介されている文化と視点に関する研究成果が興味深かった。
おそらくこの論文が中心となっているもの。
欧米文化圏と東アジア文化圏の視点には明確な違いがあるということを、実験で確認していて興味深い。実験結果は省くとして、以下のような差異があるようだ。
- 欧米文化圏
- 世界観と認識法
- 分析的世界観
- 物事はそれ自体で定義される。だから世界を理解するためには、一つ一つの現象に内在する安定した性質を見極める必要がある
- 世界観と認識法
- 東アジア文化圏
- 世界観と認識法
- 包括的世界観
- 物事は常に変化し他の現象と複雑に結びついている。だから世界を理解するためには、そうした複雑な現象すべてに目を向ける必要がある
- 世界観と認識法
- 東アジア文化圏の考え方はコンテクスト思考
- 欧米文化圏の考え方はオブジェクト思考
おや、急に(ITエンジニアにとっては)なじみ深い話になってきたぞ……
自らの経験等から:ソフトウェア設計における欧米と日本の違い
この話を聞きながら思い出したのは、以前にビジネスモデリングの勉強会で聞いた次のような話である
- 日本人が(ビジネス)クラス図やダイアグラムを書く時には、全体像と配置にものすごくこだわりがち
- 欧米人はダイアグラムの全体像や配置にはかなり無頓着(読めればよい)
最近だとソフトウェア設計におけるダイアグラムを作成するツールとして、PlantUML とか mermaid など簡易なテキストで記述する方法がメジャーになりつつあるが、これらのツールのひっかかるところはオブジェクトの配置が自動的という点である。便利ということはわかるのだけれども、全体的な配置が気になってしまうのも、東アジア圏的発想なのかもしれない。
またヨーロッパ系のエンジニアと仕事をしたことも少しあるのだけれども、やっぱりダイアグラムは読めればいいや、という扱いだったような気がする。
当時はそんなものかと思っていたけれども、文化心理学の話を聞いた後で考えるともうちょっと根深いものだということがわかって興味深い。
日本文化とソフトウェア設計の関係性に関する研究もあるようだ
少し調べてみると、同志社大学の金田先生という方が言語論的アプローチで類似の研究を実施していて興味深い。
いろいろ考えたこと
- ソフトウェアエンジニアの多くは、欧米文化圏の分析的世界観で形作られたツール(言語)や手法などを学び活用している事が多い。そうであれば文化心理学が提示する特性差の存在は認識しておいたほうがよさそう
- 一方で学習と経験を通じてエンジニアは欧米文化圏の分析的世界観に染まっていくということもあるだろう
- 上流工程で見られる、非エンジニアとエンジニアのコンフリクトの一部は、分析的世界観(エンジニア)vs 包括的世界観(非エンジニア、ユーザー等)の対立という側面もあるのではないか
- ソフトウェア設計では、いかにして既存の包括的世界観から分析的世界観に(非エンジニア、ユーザー等を)移行させるかということも考えるべきという気がしてきた
金田先生の論文の結びで書いてあった以下の文章が興味深い。
本稿の基本的な問題意識は,欧米で開発されたモデリングツールが,母語(英語)が持っている認知言語的構造を反映している点である.結果として,洋と和の文化の中でアイデンティティを失っている日本外交の世界が,そのまま,情報システム屋の姿かも知れない.
では,どうしたら良いのだろうか.難問である. ただ,いくら母語の違いがあるからといって,欧米のテキストを否定してみても仕方がない.ただ,欧米のテキストには,母語に伴う「説明されていない部分」があるはずである.その事を無視して,「習うより慣れろ」的な,徒弟的教育方法だけで,モデリングを理解させることはできるのだろうか.我々は,「SE の育成は徒弟的関係」と思い過ぎていたのではないだろうか.