勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

エンプラ技術者の知識継承がうまくいっていないかも、という話

最近読んだ「Web世代が知らないエンタープライズシステム設計」はとても刺激的で良い本だった。企業の情報システム部門およびエンタープライズシステムを受託開発するSIerの中堅技術者は必読だと思う。ただ、書籍タイトルは中身を分かりにくくしている気がする。「エンタープライズシステムアーキテクトが知るべき16のこと」という感じの本だ。

さて、同書の冒頭で書かれている、エンタープライズシステム設計に関するノウハウ継承が世代間でうまくいかなたったのではないか、という問題提起が気になったので、考えたことを書いてみようと思う。

Web世代が知らないエンタープライズシステム設計

何がエンタープライズシステム開発のノウハウ継承を阻んだのか?

Web世代が知らないエンタープライズシステム設計」では、2つの要因によって00年前後にエンタープライズシステム開発のノウハウ継承が阻まれたという仮説が提示されている(ノウハウ継承の場であるワイガヤが失われたという文脈)。提示されている2つの要因はこれだ。

私見だが次の2つの「波」を受けた時から議論をする雰囲気、すなわちワイガヤが失われていったのではないか。1つの波はオープンシステムである。企業でしか所有できなかった大型汎用機(メインフレーム)を使う時代から個人でも買えるPCで開発し、動かす時代がやってきた。もう1つは日本企業に目標管理制度が導入され残業規制が厳しくなったことである。


Web世代が知らないエンタープライズシステム設計」はじめに、より引用

うーん、どうだろう……

要因1:技術パラダイムの転換 ⇒ 大小のパラダイムシフトに翻弄されたというのはあるかも

本書では大きな技術パラダイムの転換、すなわちメインフレームからオープンシステムへの移行が大きな要因だったと書かれている。しかし実際にはそれ以外にも様々なパラダイムシフトの波状攻撃によって、中核となる技術者の関心が発散してしまったというのが実際のところではないかと思う。

そういえば、「モダン・ソフトウェアエンジニアリング」でもJacobsonが似たような事を言っていた。

今日のソフトウェアエンジニアリングは、未熟なプラクティスによって重大な妨害を受けている。具体的な問題として、以下が挙げられる。

  • エンジニアリングというよりファッション業界でよく見られる一時的な流行の蔓延
  • 妥当性のある広く受け入れられた理論的基盤の欠如
  • 違いがほとんどないにもかかわらず人為的に誇張された無数の手法とその派生形
  • 信頼できる実験的な評価と検証の欠如
  • 業界の慣行と学術研究の分断


モダン・ソフトウェアエンジニアリング」第2章 ソフトウェアエンジニアリングの手法とプラクティス、より引用

ソフトウェアエンジニアリングについては進歩が早いだけでなく、流行もあるので、常に新しいことを学び続ける必要がある。
というよりもむしろ、学ぶことが好きな人にとって、常に新しい学習要素が供給され続けるという状況である。
その結果として、企業情報システムの構築方法という極めて重要度が高いスキルの「深掘り」や「継承」が劣後してしまったんじゃないか、というのが自分の意見だ。

要因2:目標管理制度の導入と労務管理の適正化 ⇒ 共感は出来るけど、もっと包括的な仕事環境の変化が原因なんじゃないか

本書では、目標管理制度、成果主義の導入と残業規制により、技術者が他のプロジェクトメンバーとの意見交換や切磋琢磨しなくなったのが、もう一つの技術継承阻害要因だったと論じている。
これは確かにそう、とも思うのだけれども、より具体的には「フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術 (PHPビジネス新書)」で指摘されている問題のほうが大きく影響していそうな気がする。

こうした状況に対して、「私の育て方に問題があるのだろうか? 私はマネジャーに向いていないのでは……」と自分自身を責めている人もいるでしょう。自分の部下に、メンタルをやられて、休職する人が出てくれば、なおさら自分に非があるのではないか? と思ってしまうかもしれません。今の中間管理職の悩みは、非常に根が深いものがあります。 

しかし、そんな悩みを抱える中間管理職の方に、まずは、こうお伝えしたいと思います。
「若い部下が育たないのは、あなたのせいではありません。過剰に自分自身を責めないでください。それは、職場環境の変化によって構造として生まれている現象なのです」と。


フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術 (PHPビジネス新書)」第一章なぜ、あなたの部下は育ってくれないのか?、より引用

同書では、

  • 雇用の安定性(長期雇用、年功序列)によって部下を育成する余裕があった
  • 長時間にわたって同じ空間(オフィス~アフター5)で行動をともにしていた。育成を促進する濃密な空間があった
  • 組織がフラット化し、マネージャーの若年化、大量生産が起こったため、上司に学ぶ期間が減った
  • プレイングマネージャーが常態化し、成果を求められるようになったことから、育成余力が減った

などという分析がされている。コレジャナイ?

ちなみに同書は要は、過去は自然に人が育ったが現代では期待できないので、意図して育てるしかない。ではどうすれば、という話が続くのだが強くお勧めしたい
フィードバック入門 耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術 (PHPビジネス新書)

じゃあ、どうすんの?

では、現代のわれわれは、どうすべきなのだろうか。
そんなことがわかっていれば、やっているのだけれども、今のところ私は「これ」という策は見つけられていない。

ただ、少なくとも、何もしなければ人は育たないということだけは確かなのだ。