勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

Inside MSという視点で「世界一流エンジニアの思考法」を読んだ

読むのがホネな技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第60回。同僚と読書期限を約束することによって積読が確実に減るという仕組み。過去記事はこちら

さて、今回読んだのは「世界一流エンジニアの思考法 (文春e-book)」である。日本のIT業界で有名な著者の牛尾さんが米国に渡りマイクロソフト(MS)のエンジニアとなって感じたことを中心に書かれた本である。

いろいろと興味深い本書であるが、私はMSの変化を考えるという視点で読んでみた。

「世界一流エンジニアの思考法」の概略

冒頭にも書いた通り、本書は現在MSで働く著者が見聞きした事を中心に、世界一流エンジニアの思考法を考え、それを取り込もうという話である。以下の著者のnote記事がベースとなっているとのこと。

低プレッシャーで自己組織化されたチームで、サーバントリーダーシップなマネージャーのサポートを受けながら、オープンマインドなエンジニアが高い生産性を出す方法は興味深く、傾聴に値する。
と同時に、「おっ、ナデラCEOの改革が進んで、こうなったんだ!」という感想も持ったのだ。

MSの以前の文化

(予めお断りしておくと、実際の内部事情について知る立場ではなく、ここに書くのは様々な書籍等で知った事である。)
わたしの知る限り、著者が見聞きする良質なエンジニアカルチャーは、もとから存在していたものではなかったはずだ。

80年代、Windows NT、デスマーチ

  • まさに「死の行進」(そういう章もある)の元祖的な存在。
  • リリースに向けて死に物狂いになって働く様が記録されている。離婚、逃亡、バーンナウト……。
  • ただ、この時点で最近では当たり前になるような様々なプラクティス(デイリービルドやドッグフーディング)が登場している点も興味深い。

90年代、プロジェクトマネジメント

  • プロジェクトマネジメントが重視されていた時代という認識(上記書籍の著者はIE1.0-5.0のPMである)
  • ただし、ものすごい優秀な人がたくさん在席していた時代でもある

ゼロ年代LonghornWindows Vista)の開発遅延

  • Windows Vista - Wikipedia
  • 2003年に出荷される予定だった開発が大きく遅延、2006年の出荷となった
  • 市場からは失敗として評価されていたようだ

10年代、「リフレッシュボタンを押す」改革、クラウドサービスへ

  • 2014年、サティア・ナデラ氏CEO就任。それ以前のMSはいろいろ課題があったようだ。「派閥の集合体、縦割りの組織」(「Hit Refresh(ヒット リフレッシュ)」より)
  • ちなみに上記書籍はかなり興味深い良書。この本を読むと当時のMSの状況と課題がよくわかる。

かつてのマイクロソフトの文化は柔軟性に欠けた。社員はほかの社員に対し、自分は何でも知っており、そのフロアの中で最も優秀な人間だと絶えず証明しなければならなかった。期日に間に合わせる、数字を達成するといった責任を果たすことが何よりも重視された。会議は型どおりで、すでに会議の前に詳細が余すところなく決まっていた。直属の上司よりも上の上司との会議はできなかった。上層幹部が組織の下のほうにいる社員の活力や創造力を利用したい場合には、その人間の上司を会議に呼ぶだけだった。階級や序列が幅を利かせ、自発性や創造性がおろそかにされていた。
私は、自分が入社した頃のマイクロソフトの文化をもとに、企業文化改革を進めた。

ここから変えていったのだ。おそらく。そして約10年が経過したということになる。

そして「世界一流エンジニアの思考法」の感想

さて上記を踏まえて、「世界一流エンジニアの思考法」で紹介されているMSの仕事を見てみると、基本的にはナデラCEOが掲げていた当時の課題(先ほど引用した箇所)を反転させるような内容になっているように見えるのが興味深い。
本書は一般ビジネス書ということで、エンジニア以外の人が読むことも多いだろう。「凄いけど、自分たちには難しそう」と考えても心配することはない。なぜなら10年前のMSもそうだったのだからだ。

ただし、テクノロジー企業についてはすこし見方は変わる。著者が日本企業で働いていたのは4年以上前かつ、コロナ禍以前である。その時点から日本のエンジニアの働き方も大きく変わった(変わっていない人もいるのかもしれないけれど)。テクノロジー企業に在籍していて、本書で紹介されている働き方に驚きを感じてしまうのではれば、それはちょっと問題だろう。



なおちょっとだけ苦言を呈しておくと、せっかく良い内容が書かれているのだが、著者の自虐的な表現(自らを三流と評する等)と、見聞きした過去の日本的な働き方への過剰なディスりはちょっと鼻についた。一緒に働いている「世界一流のエンジニア」に習って他者の尊重と多様性の受入れをしてもよかったのではないか。もったいないなぁ。