読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第49回。常時、けっこうな量の積読があるのだけれども、知り合いと読書期日を約束することによって消化が捗るという仕組み。過去5回分のログはこんな感じ。
- #48 頭を良くしたいので「哲学思考トレーニング」を読んだ #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経
- #47 いまさら「マスターアルゴリズム」読んだ #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経
- #46 「エンタープライズ設計」を再読した #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経
- #45 パタヘネを読む4(付録A、B) #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経
- #44 パタヘネを読む3(第5章〜第6章) #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経
さて、今回取り上げるのは「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで」だ。発売から10ヶ月ほど積んでしまった。
23年の正月を使って読んでみた。なかなかに興味深い本である。
書籍「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」の概観
さて本書については著者の市谷さんによる2022年のデブサミ講演スライドが公開されているので、未読だればさらっと目を通しても良いだろう。
本書をひとことでまとめるとすると「アジャイル開発手法(スクラム)を組織変革に持ち込んで企業をDXする」本ということになるだろうか。
過去のジャーニー本との違い
本書に先立って、タイトルの似ている2冊の本が出版されている。「カイゼン・ジャーニー たった1人からはじめて、「越境」するチームをつくるまで(白い本)」と「チーム・ジャーニー 逆境を越える、変化に強いチームをつくりあげるまで(黒い本)」である。
さて、今回読んだ「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで」は上記の白い本、黒い本と大きく異なる点がいくつかある。
大きな点はストーリー仕立てになっていないということだろう。前作までは「ザ・ゴール」などで採用されている小説部分と解説部分が交互に出てくるという形式であったのに対して、本書は一貫して著者の提唱する「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」の方法論の説明が続くという形式になっているのだ。
これは、スコープとして「組織変革」という大きな主語を掲げているのが理由であると推測する。架空の企業を題材にしても、本書が取り扱いたいカバー範囲を全て扱うストーリーを考えるのが難しすぎるのだ。別の方法としては特定企業の具体的事例を中心にケーススタディとしてまとめる方法があるが、組織変革というテーマを扱うと企業の根本をさらけ出すことにもなりかねないので、これも難しいだろう。
では、ストーリー仕立てではない理論書として見た場合、本書はどうだろうか。
新造語が多い
今後本書のアプローチが成功してデファクトスタンダード化していけば別だろうが、現時点では本書には沢山の新造語が溢れており、そこは個人的にはあまり好みではなかった。テクノロジー業界のエンジニア向けのプレゼンテーションであれば違和感は無いかもしれないが、ビジネス書として読むのはどうだろうか。Amazonの書評などをみても本書は難解という評があるようだが、新造語の理解に時間がかかるというのも一因ではないだろうか。
例えば類書で、以前に読んだ「リーンエンタープライズ ―イノベーションを実現する創発的な組織づくり (THE LEAN SERIES)」は比較的近しいカバー範囲の本だが(おすすめである)、基本的にリーンの手法をスケールさせているにすぎず理解が難しいということはなかった。
もちろん本書では傾聴に値する様々なノウハウ、知見をたくさん読み取ることができる。個人的には新造語に惑わされることなく、そのノウハウに着目して理解していったほうが良いと思った次第である。
あらためて考える「DXとは何か」
本書ではテーマでもあるDXについて様々な言及がされている。
DXとは単にこれまでの業務をデジタル化するという話でも、何らかのツールを導入するだけという話でもなく、この言葉によって「これからの組織のあり方を変える」という風向きを生み出せる絶好の機会なのです。DXへの期待とは、組織変革への機会と言いかえることができます。
デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで 第1章 DX1周目の終わりに
ここでいうDXは、いわゆる「黒船」だ。
なるほど、確かにDXを黒船として大きな変革を図るというのはひとつの有効な作戦だろう。
ただ、それだけなのか? それでいいのか? という疑問は残る。
結びに別の本を紹介するというのもナンなのだが、改めて「GDX:行政府における理念と実践」ハンドブックという無料のPDFファイルを紹介してきたい。
著書「Next Generation Government」でデジタル・ガバメントの未来を提⽰した編集者・若林恵⽒の責任編集によるハンドブック「GDX:⾏政府における理念と実践」。そもそもDXとは何なのか、DXで実現できる未来はどんなものなのか、利⽤者起点のデジタルサービスを実現するためにするために必要なあれこれを各国事例を交えながら「⽇本へのヒント」を探りました。
行政におけるデジタル・トランスフォーメーションの推進に関する調査研究 | AIS | 一般社団法人 行政情報システム研究所
本書では著者の若林さんが7万時も使ってDXとは何かを取材を通じて論じていくのだが、いっぽうで結論は単純で拍子抜けだ(冒頭に書かれているのでネタバレではない)。
「ユーザー中心ってことですよ」
「DX」って何ですか?と聞くと、取材をしたどの人も判で押したほうにこの答えを返してくる。なかには「ユーザー」のことばの代わりに「人間」や「カスタマー」といったことばを使う人もいるが、主旨としてはまったく変わらない。要は「供給者」の視点からではなく「受益者」の視点からサービスを開発・運用しろということだ。
(中略)
このことを、少なくとも自分は、相当大きな衝撃をもって受け止めた。なぜなら「DX」という文脈で「それはユーザー中心のことだから。以上」と、明確に言い切るような言説に、少なくとも自分は、出会ったことがなかったからだ。
GDX:行政府における理念と実践 なぜDXを説明するのに7万字も必要なのか、より
一方で、「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー 組織のデジタル化から、分断を乗り越えて組織変革にたどりつくまで」ではあまり「ユーザー」の話は出てこない。議論の主語はあくまで「企業」のようである。このあたりに、一つの大きな課題感を感じたのであった。