自分の所属がSIerだからなのかもしれないけれど、一定比率で「文書はExcelで書くのが効率的」と主張する輩が周りに出現する。Excelはやめてと言っても聞いてもらえない。いわゆるExcel方眼紙。とはいえ、SIばっかりやっていて、おバカになってるのだけが理由とも思えないので、いろいろ考察してみたりした話。ちなみに自分は反Excel派。
ExcelがWYSIWYGなのじゃないか仮説
Excel派の話を聞いていると、なんとなくExcelこそがWYSIWYGだと思っているような気がする。
- Wordは、思ったように資料を作りにくい。文書構造を意識したり、各種のワードプロセッシングが煩い。あと罫線引いたりが難しい
- PowerPointは、自由自在に記述できるけどページングできないので文書作りに向いてない
- その点、Excelは最強!思ったように書ける!
という思考回路なのではないだろうか。
思えばすこし昔のExcelはそんなにWYSIWYGではなかった。モニタで表示されている通りに印刷されなかったし、拡大縮小でさらにひどいことになったりしてた気がする。それに比べて最近のバージョンはそういった不愉快さはほとんどなくなっている。
マークアップの思い出
昔を思い返すと、文書の作成というものがWYSIWYGではなかった。
自分はこういった過程を経て「論理的に文書を構成し、別途装飾する」という考えが自然と身についたような気がする。でも最近は何でもWYSIWYGである。BlogやWikiツールであってもリッチエディタがサポートされたりしている。ひょっとしたら普通に仕事をしていると、WYSIWYGじゃない世界のことなんてまったく想像しないのかもしれない(エンジニアでそうだとすると、かなり残念ではあるのだけれども)。
しかし、WYSIWYGなワープロソフト等では、文章の論理的な内容(章立て、見出しなどアウトライン)と外見のデザイン(文字の大きさ、色)が、必ずしも明確に分離されていない点が指摘される。具体的にはユーザーが好き勝手に強調したい文字を大きく見せたりすることが簡単にでき、デザイン的な自由度は高いが、論理性は二の次となる。
このため、双方に意識が散漫となり、内容も支離滅裂で外見の統一感も無い、中途半端な文書ができてしまいやすい。 また、一定のデザインを多くの文書に適用したり、一つの文書に対し適用するデザインを切り替えて多様な出力を得ること(ワンソース・マルチユース)も難しくなる。
(中略)
このように1枚の文書をマルチユースを前提とした論文のようにとらえるか、読み捨てのチラシのようにとらえるかの差は大きい。
wikipediaのこの記述はうまいなぁと思っている。もちろん、仕事で作る文章の多くは「その場で消費される」だけなのでチラシのように書いても、論文のように書いても価値は変わらないかもしれない。ただ、後々再利用したり、検索するときにチラシだと困るんだよなぁ。

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