日々の業務や個人開発の中で、「これって技術的には可能だが、本当にやっていいのだろうか」「波風を立てたくないが、このやり方は筋が悪い気がする…」とモヤモヤすることがある。
ITエンジニアは、コードを書くプロセスからチーム開発のコミュニケーションに至るまで、常に「正解のない意思決定(倫理的ジレンマ)」に直面している。コンプライアンスや法律のギリギリのラインを攻める時だけでなく、日常的なチーム内の振る舞いにおいても判断に迷う場面は多いはずだ。
そんな時、直感や感情、あるいはその場の空気に流されるのではなく、論理的かつ多角的に解決策を導き出すための強力なフレームワークが存在する。
それが、イリノイ工科大学(IIT)のマイケル・デイビス(Michael Davis)博士が提唱した「セブン・ステップ・ガイド(Seven-Step Guide to Ethical Decision Making)」だ。
参考リソース:
- Seven-step Guide to Ethical Decision Making(金沢工業大学 科学技術応用倫理研究所による翻訳・解説資料 PDF)
- Ethics and Statistics(ペンシルベニア州立大学による同ガイドの解説ページ・英語)
直感を論理に変える「7つのステップ」
セブン・ステップ・ガイドは、複雑な問題を解きほぐすために、以下の7つのプロセスに沿って思考を整理するアプローチだ。
- 問題を明確にする (State the problem)
- 自分が直面しているジレンマの本質は何かを言葉にする。
- 事実を収集・整理する (Check facts)
- 憶測や思い込みを排し、「客観的に分かっている事実」と「不確かなこと」を切り分ける。
- ステークホルダーを特定する (Identify relevant factors)
- 自分の決断によって影響を受けるすべての人や組織(ユーザー、会社、同僚、社会など)を洗い出す。
- 複数の選択肢を考案する (Develop a list of options)
- 「やるか・やらないか」の二択ではなく、実行可能な第3、第4の行動案を5つほど列挙する。
- 選択肢を倫理的にテストする (Test the options)
- ここがガイドの最重要パートである。出した選択肢に対し、以下の5つのテストを行う。
- 危害テスト: もたらす悪影響(リスク)が一番少ないか?
- 公開テスト: この決断が世間に広く報じられても、自分は堂々としていられるか?
- 可逆性テスト: もし自分が影響を受ける側(被害を被る側)だとしたら、その決断を許容できるか?
- 徳テスト: 人として、プロフェッショナルとして誇れる行動か?
- 専門家テスト: 同僚や業界の専門機関は、これを支持してくれるか?
- ここがガイドの最重要パートである。出した選択肢に対し、以下の5つのテストを行う。
- 行動を決定する (Make a choice)
- テスト結果を総合的に判断し、最も妥当な方針を決定する。
- 再発防止策を検討する (Review / Preventative measures)
- 今後同じようなジレンマが発生しないための仕組みづくりや予防策を考える。
考えてみてほしい2つのケーススタディ
このガイドが実際の場面でどう役立つのか。最近IT業界で話題になった2つの事例を共有しよう。わたしの考えた「正解」は書かない(そもそも正解はない)。 ぜひ皆さんで、先ほどのセブン・ステップ・ガイドに当てはめて「自分ならどう評価し、どう行動するか」を試してみてほしい。後述するが生成AIあたりと壁打ちするのが手軽でおすすめ。
ケース1:非公式クライアントの実環境テスト
ある若い技術者が、大手飲食チェーンの公式注文システムのUXに不満を持ち、非公式の注文クライアントツールを自作した。これを「試しに」実際に稼働している店舗のサーバーに繋いで注文のテストを行い、その実行結果をネット上に公開しようとしている。
(「自分だけで試すだけなら誰にも迷惑をかけないのでは?」という直感は、5つのテストを通すとどう評価されるだろうか)
ケース2:筋が悪そうに見える方針への介入
同僚や他チームが進めている仕事の方針が、どう見ても「筋が悪い(非効率、無駄が多い)」と感じている。しかし、口を出すと相手のやる気を削いだり、人間関係に波風が立ったりするリスクがある。「静観する」か「あえて口を出す(介入する)」か。プロフェッショナルとしてどう振る舞うべきだろうか。
(参考事例:筋が悪そうに見える方針に口を出す - Konifar's ZATSU)
生成AIを「倫理の壁打ち相手」にする
とはいえ、この7つのステップを一人で、頭の中だけで完結させるのはなかなか骨が折れる。どうしても自分に都合の良いバイアスがかかってしまうこともあるだろう。
そこで推奨したいのが、生成AI(ChatGPTやClaude、Geminiなど)を「壁打ち相手」として活用することだ。
何か判断に迷った時、「今こういう倫理的ジレンマに直面している。セブン・ステップ・ガイドのフレームワークを使って、私が取るべき選択肢を一緒にテストしてくれないか」とプロンプトを投げてみてほしい。
AIは感情に流されることなく、「ステークホルダーに〇〇が欠けている」「公開テストの観点から見ると、その選択肢は炎上リスクが高い」といった客観的なフィードバックを返してくれる。一人で悩むよりも、はるかに解像度の高い意思決定ができるはずだ。
倫理的な意思決定とは、「絶対に正しい一つの答え」を探すことではない。「なぜ自分はその行動を選んだのか、論理的かつ誠実に説明できる状態を作ること」である。
次に業務で「モヤッ」とする状況に直面したら、そのまま見過ごす前に、ぜひこのガイド(とAI)を活用して、納得のいく意思決定を試みてほしい。というか、わたしはやってる。
↑ いまこれをベースにした放送大学の授業を受けている。本書は未読↑ ソフトウェア開発における近年の倫理的問題などを取り上げており、よい本だった↑ 第四巻は倫理学がテーマ。連続性はないので興味があればいきなりⅣ巻から読んで問題ない。よかった

