勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

2021年上半期に読んだ本まとめ

2021年1月~6月に読んだ本のまとめ。カウント対象は期間中に読み終わったものに限り、読みかけの本は対象外としている。あとコミック、漫画雑誌類もけっこう読んでいるのだけれども、これは除外。

2021年上半期に読んだ本

  1. 週刊だえん問答 コロナの迷宮
  2. その仕事、全部やめてみよう――1%の本質をつかむ「シンプルな考え方」(→感想記事
  3. ドメイン駆動設計入門 ボトムアップでわかる!ドメイン駆動設計の基本
  4. 未来をつくる言葉―わかりあえなさをつなぐために―
  5. RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる
  6. カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?
  7. サイバー・ショーグン・レボリューション 上 (ハヤカワ文庫SF)
  8. サイバー・ショーグン・レボリューション 下 (ハヤカワ文庫SF)
  9. 失敗学実践講義 文庫増補版 (講談社文庫)
  10. 誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ―認知科学者のデザイン原論
  11. 仮想空間シフト
  12. 世界はシステムで動く ― いま起きていることの本質をつかむ考え方(→感想記事
  13. NHK「100分de名著」ブックス ドラッカー マネジメント NHK「100分de名著」ブックス
  14. 時間は存在しない
  15. 宇宙と踊る
  16. LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界
  17. もがいて、もがいて、古生物学者!! ーみんなが恐竜博士になれるわけじゃないからー
  18. キリン解剖記
  19. 両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」
  20. 社会的共通資本 (岩波新書)
  21. 人新世の「資本論」 (集英社新書)
  22. ピエタとトランジ <完全版>
  23. しびれる短歌 (ちくまプリマー新書)
  24. 行動経済学の使い方 (岩波新書)
  25. 生まれ変わり (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  26. 文章の書き方 (岩波新書)
  27. エッセンシャル スクラム(→感想記事1感想記事2
  28. シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成 (NewsPicksパブリッシング)
  29. Coders(コーダーズ)凄腕ソフトウェア開発者が新しい世界をビルドする
  30. 読書と社会科学 (岩波新書)(→感想記事
  31. 身銭を切れ――「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質
  32. 謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる(→感想記事
  33. [asin:B07JZ72DMH:title]
  34. ITIL はじめの一歩 スッキリわかるITILの基本と業務改善のしくみ
  35. 天冥の標Ⅵ 宿怨 PART1
  36. つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく (生活人新書)
  37. ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方
  38. NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX (日本経済新聞出版)
  39. 喜嶋先生の静かな世界 The Silent World of Dr.Kishima (講談社文庫)
  40. キシマ先生の静かな生活 The Silent World of Dr.Kishima
  41. NOVA 2021年夏号 (河出文庫)
  42. TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ>(→感想記事
  43. 天冥の標Ⅵ 宿怨 PART2
  44. エドゥアール・マネ 西洋絵画史の革命 (角川選書)
  45. 三体Ⅲ 死神永生 上
  46. 三体Ⅲ 死神永生 下
  47. GDX:行政府における理念と実践
  48. クロストーク (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
  49. デザインはどのように世界をつくるのか
  50. Teaching Smart People How to Learn (Harvard Business Review Classics) (English Edition)
  51. げいさい (文春e-book)

文芸書のおすすめ(一般編)

コミック「ブルーピリオド」やそのオマージュの楽曲「群青」が流行っていて、芸術系大学ブームのようだが、いわゆる芸大受験を扱った本作小説「げいさい (文春e-book)」も面白かった。というか著者の芸術家である会田誠さんが天才すぎる。同氏の自伝的小説ということで学生時代が描かれている。自分は現代美術好きということもあり同氏の、本作以降の芸術家活動を知っているということもあり二重に興味深かった。

文芸書のおすすめ(趣味のSF編)

2021年上半期のSFという意味では問答無用で「三体Ⅲ」をピックアップせざるをえないだろう。前作までを楽しんだので、当然待ち望んでいたものだったのだけれども、期待を上回るどころかブッ飛んだSF小説だった。

教養書のおすすめ

振り返るとこの6か月は教養書とかビジネス書ばかりを読んでいて、その中からおすすめを選ぶというのはなかなか難しい話なのだけれども、あえて選ぶなら「週刊だえん問答 コロナの迷宮」である。元Wired編集長が書く、意識高いビジネスマン向けの有料ニュースレターに掲載されている連載の再編集版なのだが、全編「仮想対談」という形式で書かれている点が興味深い。おそらく前作にあたる「NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方〈特装版〉」、および現在無料で閲覧できる「GDX:行政府における理念と実践」でも採用されている仮想対談という形式がテクノロジーや現代を切り取るエッセイの形式として、とても優れていると思うのだ。まもなく続編が出るらしい。楽しみである。

ビジネス書のおすすめ

こちらも選ぶのがなかなか難しい。「NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX (日本経済新聞出版)」は内容も興味深いのだけれども、なんと自社文化を研究するために「異文化理解力 ― 相手と自分の真意がわかる ビジネスパーソン必須の教養」著者のエリン・メイヤーを雇用するというあたりが有能というか資金力があるというか。当然のことながら内容考察のレベルが高い。

他には「両利きの組織をつくる――大企業病を打破する「攻めと守りの経営」」がとても有用だった。有名な「両利きの経営―「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く」の関連本ではあるが、日本企業AGCケーススタディを中心にした分析という意味で、日本人にとってはより理解しやすいものになっていると言えるだろう。自分も仕事の関係で本書はけっこう人に紹介している。

技術書のおすすめ

うーん、厳選するほど技術書は読んでいない・・・「ユニコーン企業のひみつ ―Spotifyで学んだソフトウェアづくりと働き方」はとても良い本だと思うのだけれどもタイトルでだいぶ損をしている。他の出版社だったら「アジャイルサムライ2」になっていただろう。

この半期の振り返り

昨年から、毎週末2時間くらいが放送大学の授業に消えるようになったことと、通勤時間が消滅していることが影響して少しペースダウン気味である。特にフィックションを集中して読み込む気力が年々減っている気がする。もちろん細切れ時間などはたくさんあるのだけれども、そういった時に手に取る(実際にはアプリで開く)のは、数ページごとに読むことができるビジネス書であることが多い気がする。

一方で積読および読みたい本は山ほどあって、もういっそ入院などすれば一気に消化できるかと思うのだけれども、体調はすこぶる良好である。夏休みにでもなれば、もう少し消化できるだろうか。

「ふりかえりガイドブック」を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第28回。さて、今回選んだタイトルは「アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック 始め方・ふりかえりの型・手法・マインドセット」である。ふりかえりを始めてみたい人が最初に読むのにはおすすめ。

個人的におすすめな「ふりかえり」の勉強法

身も蓋もないのだけれども「ふりかえり」を習得する一番良い方法は、上手な「ふりかえり」を体験することだと思っている。自分は10年くらい前に様々な勉強会コミュニティで、現在ではレジェンド級となった巨匠の皆さんが参加する「ふりかえり」等に参加したり目の前で観察する機会があり、強く影響を受けている。ただ、残念ながら現在、同じような体験ができる場所が世の中にあるのかわからないのである。

一番最悪なのが、手探りで「それっぽい」事をやっているチームを参考にすることだ。もちろん、手探りをすることは大切だし、否定はしない。だけれども「ふりかえり」という実は結構難しいアクティビティについては、うまいチームと下手なチームの差が激しいので、本当に注意したほうがいいい。

もし身近なところに信頼できる見学先が無いのであれば……本書「アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック 始め方・ふりかえりの型・手法・マインドセット」を読むと良いと思う。

アジャイルなチームをつくる ふりかえりガイドブック 始め方・ふりかえりの型・手法・マインドセット

というわけで本書は文字通りの、「ふりかえり」という実は結構難しいアクティビティに関するかなりオススメのガイドだ。当面、「ふりかえり」に相談を受けたら本書を一読することをお勧めするつもり。とくに本書で良いと思う点は次のようなところだ。

  • イラストも豊富で(というか一部はコミック仕立てで)読みやすい。けれど、煩いほどではない。ちょうど良いバランス
  • コミュニティで見聞きするような、言語化しにくいアドバイスやTIPSがかなり上手に盛り込まれている
  • 小難しい理論に走っていない。パターン言語がどうこう、とかそういう話が入っていない
  • 小難しい心理学などを紹介していない。

というわけでだいぶ良かったのだけれども、一方である程度の学習者、情報収集をしている人には退屈かもしれない。ただまぁ、上級者の人は常に後進に良いアドバイスをし続ける責務があるはずなので、良いアドバイスをするための練習と思って読めばいいだろう。

ちょっと残念だったところ

読み終えて、ちょっと残念だと思ったことがいくつかある。あくまで個人の感想です。

  • アジャイルに全振りしているところ。別に「ふりかえり」はアジャイル限定というわけでもないのでそこまで振り切る必要があったのだろうか
  • アジャイルに全振りしている一方でSREやDevOpsの文脈が入っていないので、ポストモーテムについての言及がない
  • カースの最優先事項」は取り上げておいてほしかった
  • 手法09「5つのなぜ」はもうちょっと慎重に扱ったほうが良かった。最近のソフトウェア開発は複雑性が高いので実はこういった根本原因分析はうまく適合できないと思っているし、そういった言及がどこかでもあったと思う(思い出せぬ)。ヒューマンエラーに関する議論に陥る懸念があるので、自分はこの手法は最近使わないようにしている

追記。Twitterで著者コメントいただいていました

式年遷宮アーキテクチャに関して(いまさら)

数年前に流行したソフトウェアアーキテクチャのメタファー(?)として「式年遷宮アーキテクチャ」というものがある。最近自分が日本美術史の授業で聞いた話を踏まえると、われわれエンジニアは式年遷宮をちょっと誤解しているような気がする、という話。いまさらなんなのさ、という気もするが色々調べてしまったので備忘録的に記録しておく。

式年遷宮アーキテクチャ

たしか、このあたりの記事がきっかけで

以下など各所で言及されていたように記憶している(おそらく初出は別のブログ記事だと思うのだけれども、現在はアクセスできないようだ)。

一種のミームなので厳密には定義できないが「式年遷宮アーキテクチャ」という言葉に込められた要素は

  • 定期的に作り直す事によって耐用年数を伸ばすことができる
  • 定期的に作り直す事によって技術継承が可能

であると考えられる。

しかし、式年遷宮そのものを調べると、実は上記のイメージと実際は異なっているのである。

実際の式年遷宮

  • 最初の式年遷宮は西暦690年。
  • ただしその後20年ごとに実施され続けてきたかというとそうではない。14世紀後半から123年間放置されてきた期間がある。また16世紀には社そのものが存在しなかった期間がある(再建時には手本も図面もなかった)。よって物質的にも、形態としても連続性は保証されていない。
  • 近世に至るまで図面などなく、禰宜と宮大工との口頭協議により意匠や建造物の配置が変更されることがあったという。
  • 定期的に建て替えを要するのは建築様式によるもの。礎石を用いず地面に柱を直接突き刺すために老朽化しやすく耐用年数が短い。

というわけで、あれ、なんかちょっと思ってたもんと違う・・・
ja.wikipedia.org
伊勢神宮遷宮前後相論 - Wikipedia

たしかに(儀礼的な目的で)20年毎に再構築を実施しているという点はイメージ通りだろう。しかし、式年遷宮を俯瞰してみた場合、技術継承という側面を取り上げるのはちょっと行き過ぎていると思う(少なくとも初期の技術はまったく継承されていないと言えるだろう)。また、原材料は20年ごとに新しいものに交換されるが、設計の改善も行われない。うーん、アーキテクチャのプラクティスとしてはどうなの、という印象だ。

新陳代謝を意図的にどう起こさせるのか

結局は意図的にある程度の頻度で新陳代謝を起こさせないとひどいことが起きるという話であって、例えば畑村先生の失敗学では「企業30年説」という形で技術継承ができずに破滅するという話もあった。ある意味ソフトウェアに固有の話ではない(スピード感は違うかも)。

Martin Fowlerが犠牲的アーキテクチャの記事で示したように、組織戦略として組み込むというのが一案。というかたぶんこれが正しいのだろう。組織戦略の問題だ。

ただ、こういった新陳代謝の例えとして式年遷宮を持ってくるのはロマンチックではあるけれども、ちょっと違うんじゃないかといまさらながらに考えたのであった。

「TEAM OF TEAMS」を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第27回。さて、今回選んだタイトルは「TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ>」である。いやぁ、この本はもっと早くに読んでおくべきだった。マネージャー必読の書である。

「TEAM OF TEAMS」とは

  • 軍隊および企業の多くが採用している既存のマネジメント(階層型構造の命令型組織)の問題点を指摘し、自律性の高いマネジメントへの移行を語った本である
  • この本が特筆すべきなのは、著者である退役将軍McChrystal氏のイランにてテロ組織との戦争を軸に語られているという点であろう。既存のマネジメントでは歯が立たず、敵のテロ組織に適応するために一種の自己組織化を行っていくというストーリーそのものが非常に興味深いのだ。そして著者らはこれらの経験をのちに分析、研究し、既存の事例などの対比なども行って本書を執筆している。というわけで軍の話だけでなく様々な企業の事例も含んでいる密度の濃い本である。

この本を書くきっかけとなったのは、エリート軍事組織である統合特殊作戦任務部隊(the Joint Special Operations Task Force,以下、特任部隊)である。戦争のさなかにあってのこの経験は、プロフットボールのチームが重要なゲームの第二クォーターでオフェンスのフォーメーションを変えることに例えられるかもしれない。しかし、現実はもっと徹底していた。実際のところ、特任部隊のシフトチェンジは、フットボールからバスケットボールへの変更に相当する。旧来の習慣や先入観は、防具やスパイクシューズとともにすべて捨て去らなければならなかったからだ。
TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ> はじめに、より

  • とりあえず興味がある人は次のTEDトークをまず見ると良さそう。

ソフトウェア開発と「TEAM OF TEAMS」

さて本書が優れたリーダーシップ論であることは疑いようもないのだけれども、ソフトウェア開発の文脈においてはどうだろうか。
私が本書を手に取ったきっかけは、DevOpsへの移行を物語形式で語った「The DevOps 勝利をつかめ! 技術的負債を一掃せよ」である。同書で主人公たちに、エリックという人物がこうアドバイスするのだ。

君たちはもう無意味になってる古いルールを変えなきゃいけないだろうな。人間の組織のしかたやシステムのアーキテクチャーの作り方もね。リーダーはもう命令、管理する立場じゃない。人々を導き、障害を取り除き、仕事ができる環境を作る立場にならなきゃならない。スタンリー・マクリスタル将軍は、統合特殊作戦軍の意思決定権を分権化し、米軍よりもはるかに小さいが機動力に勝るイラクアルカイダに最終的に勝利した。イラクでは、判断の遅れによるコストは、金額ではなく彼らが保護しなければならない人々の生命と安全によって測られる。 これは従者を引っ張るリーダーシップじゃなくて、変身を促すリーダーシップだ。組織のビジョンを理解し、仕事のやり方についての根本的な前提条件を疑うアグレッシブな知性と人の心を動かすコミュニケーション能力を持ち、メンバーの特徴を把握し、支える指導力がなきゃいけない。
The DevOps 勝利をつかめ! 技術的負債を一掃せよ 第8章 反転プロジェクト、より

近年アジャイル開発プロセスがスタンダードになり、これは良いことだと思うのだけれども、いっぽうで組織やアーキテクチャは変わっていないという例も多いように思う。さらに一歩先に踏み出すためのヒントが本書には多く詰まっている印象を感じた。

その他本書で気になった点、良かった点

  • 第11章 菜園主のように組織を率いる
    • 「菜園主」というメタファーは素晴らしい。詳しいことはぜひ本書でチェックしてください。「チェスから菜園へ」。
    • 本章の後半では、著者が「TEAM OF TEAMS」を率いるためにどのようなリーダーシップを発揮したか(というか、どれだけ我慢と忍耐をしたか)が語られていてものすごく参考になった。「見守りつつも手を出さない」のなんと難しいことか!
  • 第12章 対称性
    • 「止まれのない世界」では、自動車の自動運転のシミュレーションが示されれる。自動運転が可能であれば、「止まれ」も「一時停止」の信号も不要である。しかし我々はこれを見て強いストレスを感じてしまうという話である。

間違っているように感じられるのは、機械的なリズムで行われる停止、発進、方向転換こそ交通のあるべき姿だと、我々が強い固定観念を持っているからだ。
(中略)
今後数十年で、「支離滅裂」な問題解決の方法がますます増えるだろう。物事を深く見通し、即座に対応するような、敏感で適応力のあるやり方で複雑な問題に立ち向かう必要が出てくるからだ。
TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ> 第12章 対称性

www.youtube.com

とにもかくにも本書は読みやすく、面白く、良い刺激を受けられる良書である。おすすめ。

「謙虚なリーダーシップ」を読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第26回。2019年3月から初めて2年以上続いていて驚きだ。習慣化のパワーすら感じる。さて、今回選んだタイトルは「謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる」である。

正直な感想

  • タイトル「謙虚なリーダーシップ」という名前は覚えにくい。「ハンブルリーダーシップ」のほうが良さそう。
  • 次世代型のリーダーシップモデルという点については、確かにその通りだろう。しかし、ソフトウェアエンジニア的な立場から見ると「それ、もう知ってる」という印象がある。
    • 別の言い方をすると、ソフトウェアエンジニアリングにおいて重要なソフトスキルの一つが、より明確にになったような読後感はあった。
  • 本書が書かれた背景的、いわゆるアメリカ的ビジネス文化と日本との違いについては注意をしたほうが良いだろう(詳しくは後述する)。

謙虚なリーダーシップ/ハンブルリーダーシップとは

本書では、リーダーシップに対する新しいアプローチを紹介する。業務上の役割に基づく関係ではなく、個人的なつながりを重視するアプローチである。
謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる、第1章 リーダーシップに対する新しいアプローチ、より

というわけで、個人的で、互いに助け合い、信頼しあう関係性を構築する方法が「謙虚なリーダーシップ」である。この「謙虚なリーダーシップ」であるが、特にアメリカビジネス文化でその欠落が顕著なようである。

アメリカのビジネス文化は、個人が英雄として皆を率いるという誤ったリーダー像と、機械のような階層型の組織とを信奉している。そのような組織は、従業員エンゲージメント、エンパワーメント、組織の機敏性、革新力というみずからの目標をむしばむだけでなく、VUCA――不安定で(volatile)不確か(uncertain)、複雑(complex)かつ曖昧(ambiguous)――になっていく世界への対応力を制限してしまっている。
謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる、第1章 リーダーシップに対する新しいアプローチ、より

ちなみに本書ではリーダーとフォロワー(メンバー)の関係性を以下のようなモデルで表現している

  • レベル -1:まったく人間味のない、支配と強制の関係
  • レベル1:単なる業務上の役割や規則に基づいて監督・管理したり、サービスを提供したりする関係。大半の「ほどほどの距離感を保った」支援関係
  • レベル2:友人同士や有能なチームに見られるような、個人的で、互いに助け合い、信頼し合う関係
  • レベル3:感情的に親密で、互いに相手に尽くす関係

アメリカでは多くがレベル1の状態であり、レベル2を目指すべきという話である。

一方でジャパンでは・・・

あらかじめ明言しておくが、欧米がよくて日本が劣っているとか、どちらかが良いという事を主張するつもりはない。
ただ本書「謙虚なリーダーシップ」が前提とするコンテキスト(アメリカ的ビジネス文化)と日本の文化は言うまでもなく異なることも多く、本書の主張の適用については注意を要するべきだろう。
日本型雇用の分析については「日本社会のしくみ」が超おススメ。

  • 日本型文化ではそもそも機械のような階層型の組織となっていない。欧米では「ジョブ型」雇用が中心である一方、日本は「メンバーシップ型」雇用という違いがある。
  • 欧米では監督者、いわゆる上級職員(命令、管理、企画を行う)は相応の資格者がジョブに応じて雇用される。日本型のように下級職員が昇格するものではない。
  • つまり前述のレベル1とレベル2が逆転しているような構図になっているのではないだろうか。

日本型文化においてはむしろ、「業務上の役割や規則」の統制が不十分なところを先に「謙虚なリーダーシップ」的なものでカバーしていた事が多いように感じる。ただこれも時代によって変わりつつある。ミレニアル世代以降とそれ以前の世代では感覚も違うし、最近は職場での深い人間関係を嫌う風潮もある(脱飲み会など)。場合によってはレベル1でも2でもない、レベル0的な関係性の危うい組織も増えていそうな気がする。

もちろん最終的には「謙虚なリーダーシップ」に述べられているような階層構造での信頼関係の積み上げ、すなわち「職務規定等によるジョブ型の合意形成」の上に「信頼関係」が載ってくれば高いパフォーマンスが得られることにはまったく異論はない。ただ、この形を目指すのは、もうひとひねりの考察が必要だろう。

とはいえ、「謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる」はなかなか示唆に富むよい本であった(事例も充実していて面白い)。

さて、実は次の本は決まっていて、「TEAM OF TEAMS <チーム・オブ・チームズ>」の予定である。本書でも言及されており、以前に読んだ「The DevOps 勝利をつかめ! 技術的負債を一掃せよ」でも強く勧められていた本である。どんな学びがあるのか、楽しみだ。

協調学習としての読書、概念装置、大人の学び

ちょっとした思いつきに関するメモ。
最近「読書と社会科学 (岩波新書)」を読んだ。本書で紹介されている「概念装置」という概念はすこし前に学んだ「教育心理学特論 (放送大学大学院教材)」における協調学習の概念と重なるところがあるような気がしているという話。

読書と社会科学 (岩波新書)

読書と社会科学 (岩波新書)

概念装置とは

読書と社会科学 (岩波新書)」は一種の読書論なのだけれども、この中で取り上げられている「概念装置」という話は特に有名なようだ。
自然科学においては、例えば電子顕微鏡のような「物的装置」を用いてふだん見えないような物を見ることができる。
いっぽうで社会科学においてはこのような「物的装置」は存在しないので、かわりに各自が学習を通じて身についてた「概念装置」を用いて物事を分析することになるというのだ。

概念装置は、同じ自分の眼を補佐する装置であっても、物的装置とちがって、身体の外部ではなく内部にあるもの、自分の脳中に組み立てるものです。電子顕微鏡などのように、立派に出来上がった高度なものを、買いととのえるというわけにはいかないので、一人一人、苦労して組み立て作業をやらなければなりません。

そして、この概念装置を組み立てる作業の一つとして、読書そして精読が紹介されているのである。

協調学習のモデル

教育心理学特論 (放送大学大学院教材)」で紹介されている協調学習のモデル、とはこのようなものである。
(上記書籍を読まずとも、協調学習 授業デザインハンドブック 第3版 | 東京大学 CoREFの理論編で同様内容の詳細が閲覧可能である)
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  • 学習という観点では、いかにして各自が持っている「レベル1:経験則、素朴理論」の知識を理論に裏付けられた「レベル2:説明モデル」に引き上げられるかがポイントとなる
  • 教科書や座学で供給される「レベル3:科学的概念」はそのままでは身につかないので、これを利用して「レベル1」が「レベル2」に引き上げられるようなプロセスが求められる
  • 協調学習の理論の一つとして、他者と一緒に考えるというプロセスを踏むことで「レベル2」への引き上げが起こりやすいという考え方がある(建設的相互作用)
    • この方法が成功する理由としては、他者と一緒に考えるプロセスにおいて「自分の考えを(他者と共有するために)外に出す行為」と「他者の考えを見聞きすることによって自分の考えが深まる」があるとされている。

読書を通じて「建設的相互作用」は生み出せるのか

協調学習のモデルは納得感しかない。自分のまわり(つまりソフトウェア開発の実務の周辺)を見ていても、このような学びの場は多く存在しているように見える。
ただし、この協調学習のモデルの難点は、並走者つまり一緒に学びあう仲間が必要という点である。
それでは、独習すなわち読書で「建設的相互作用」は生み出せるのだろうか。そこに「読書と社会科学 (岩波新書)」での概念装置の話がぴったりと当てはまるのではないかと思う。

「読書と社会科学」には以下のような読書のアドバイスが記載されている。

  • 対象の書籍を、自分に変化をおこさせるように深く読む(古典として読む)
  • 著者を信頼するが、常に疑いや疑問点がないか考えながら読む(信じて疑う)
  • 感想文を書くために読むのではなく、深く読んだ結果としての感想を記す(みだりに感想文を書くな)

まさにこれは著者と対話的に書籍を読むことであり、建設的相互作用を生み出す方法ととらえることもできるのではないかと考えたのである。
また、そうであれば「概念装置」を育むために必要な読書は(建設的相互作業を生み出すために)公開するかは別としてもアウトプットを伴うことであり、また感想を他者と交換することも重要なのではないかと思う。
(と、考えることによって、このブログを書き続ける動機を裏打ちしようとしているだけかもしれないけれど)

「エッセンシャルスクラム」後半も読んだ #デッドライン読書会

読むのがホネな(積みがちな)技術書やビジネス書を取り上げて2週間の読書期限を課して読んでアウトプットする仮想読書会「デッドライン読書会」の第25回。今回選んだタイトルは「エッセンシャル スクラム」である。ちょっと2週間で読むには分厚いので前後編でお届けする。後編では「第Ⅲ部(プランニング)、第Ⅳ部(スプリント)」を読んでいる。前編はこちら:「エッセンシャルスクラム」前半を読んだ #デッドライン読書会 - 勘と経験と読経

エッセンシャル スクラム

エッセンシャル スクラム

全体的感想:エッセンシャルスクラムは、いったんスクラム実践してから読むのがよい本

いろいろな場所で何度か聞いた「事業会社でスクラムを導入するよい方法」というものがある(うろ覚え)

  1. まず自分たちでやってみる
  2. うまくいかない状態を認識する
  3. 外部からアジャイルコーチを招聘して、うまくいかない課題を解決する
  4. うまくいくようになったら、外部コーチ卒業

読み終わってみると、本書はこのステップ3を代替するような位置づけであることがわかる。つまり

  • スクラムやる前に読む本ではない(いろいろな課題意識を持っていないと深みが出ない)
  • 自分たちで課題について検討した後に、答え合わせや追加のアドバイスが得られるような本だ

というのが読み終えた段階での感想だ。

後半部分《第Ⅲ部(プランニング)、第Ⅳ部(スプリント)》の感想

今回読んだ後半部分で、特に興味深かった点を中心に抜粋する

スクラムでの開発は、事前にプランニングをせずに始めるものだという声がある。とりあえず最初のスプリントを開始して、詳細は開発を進めながら詰めていくというのだ。だがこれは間違いだ。スクラムでも、事前に計画を作っている。実際に、さまざまな詳細度で何回も計画を作るのだ。中には、スクラムではあまりプランニングに重きを置いていないのではと思う人もいるかもしれない。というのも、スクラムでは必要に応じてジャストインタイムでプランニングをすることが多く、事前にきっちりと計画を作ってしまうことがないからだ。しかし、私の経験上、スクラムでの開発のほうが伝統的な開発よりもプランニングに時間を割いている。これは、皆さんの感覚とは少し違うかもしれない。

  • 第23章 未来へ
    • 終章であり、本書全般を踏まえたうえで今後の発展について書かれた章である。良いことがたくさん書かれている。

大切なのは、スクラムの適応やスクラムへの移行について完成の定義はないということだ。CMMIのように、レベル5に到達することが目的であるようなアジャイル成熟モデルは存在しないのだ。

おまけ:Succeeding with Agileについて調べてみた

  • 訳書は無いようだ
  • 2013年前後でアジャイルコミュニティで読書会と翻訳が行われていたようだが、内容に関して公開されてはいないようである
  • 名著と思っている「アジャイルな見積もりと計画づくり」著者のMike Cohnさんの2009年の本
  • 序文によれば、本書はアジャイル開発プロジェクトにおける「ハドソン湾スタート」に該当するのだそうだ(よい表現だ)
    • ハドソン湾スタート」は、300年前、カナダのハドソンズ・ベイ・カンパニーが行っていた風習に由来する。同社は毛皮貿易業者に遠征のための物資を供給していたが、必要なものを忘れていないか確認するためにハドソン湾付近で一度野営させていたそうである(この表現は他の技術書でも見たことがあるな)
  • 目次を見た感じだと「どうやってスクラム開発を始めるのか」「始めた後によくある課題とその対応(例えば抵抗とか)」「さらに発展するには」といった事が書かれてそうな印象

ちょっと興味深いけれど、すでに本書を読んでいるわけなので読まないかなぁ(Mike Cohnさんが書いているという点では、いろいろと鋭い示唆が得られそうなんだけれども)

さて、次は何を読みましょうかね・・・