電波妄言の類い。「データによる意思決定」をテーマに三冊の本を読んだ。「グーグル ネット覇者の真実 追われる立場から追う立場へ」「WIRED VOL.5 GQ JAPAN.2012年10月号増刊」「その数学が戦略を決める (文春文庫)」。データによる意思決定の価値が高まるにつれて中途半端な専門家の価値は低下していく。ドレイファスモデルにおける「中級者」がむしろ害になっていくのではないか、ということを考えた。
ドレイファスモデルにおける「中級者」
「データによる意思決定」に対抗する「専門家による意思決定」のことを考えるとき、思い出したのはドレイファスモデルのことだった。ちなみにドレイファスモデルに関しては書籍「リファクタリング・ウェットウェア ―達人プログラマーの思考法と学習法」が詳しく興味深いのだが、なんと訳書の該当章(一章)がまるまる出版社サイトでダウンロードできるので興味を持った方には一読をお勧めする。
さて、ドレイファスモデルとは人間の技能の習得過程に関する研究結果である。要点はだいたいこんな感じ。
- 第1段階:初心者
- 職務遂行にはレシピ(マニュアル)が必要。
- 第2段階:中級者
- 独力で仕事に当たれるが問題処理に手こずる。最近経験した似通った場面を参考にする。情報を手早く入手したがるが、理論・原則は望まない
- 第3段階:上級者
- 問題を探し出し解決する、但し細部のどの部分に焦点を合わせるべきかの決定にはさらなる経験が必要
- 第4段階:熟練者
- 十分な経験と判断力を備える。自己改善、他人の経験から学ぶ、格言を理解しうまく適用する能力を備える
- 第5段階:達人
- 膨大な経験があり、上手に引き出しぴったりの状況で応用できる。理由があってそうするのではなく、直感に従って行う。本質に関係のない部分と重要な部分の区別が無意識下でできる(直感とパターンマッチングが明示的な知識にとって代わる)
- 熟練していない人の方が「実は自分はかなりのエキスパートである」と思い込んでしまう傾向がある
- ほとんどの人が中級者である
- 初心者向けのルールやベスト・プラクティスを達人に適用すると、パフォーマンスは著しく低下する(航空会社のベテランパイロットによる実証)。「サラブレッドは群れで動かない」
ほとんどの人が中級者で滞留してしまう、という点について今回ひっかかったのだ。
「データによる意思決定」の台頭
ビッグデータという言葉も巷には溢れているが、「データによる意思決定」は実際に広く活用されているそうだ。書籍「その数学が戦略を決める」によると、これは代替次の2つの種類に分けられるようだ。
- 過去蓄積データの回帰分析によるもの(この商品を買った人は、こちらも買っています)
- 無作為抽出テスト(A/Bテスト)によるもの(無作為に2種類のWebページを表示して、どちらのページが効果的かを検証する)
雑誌 WIRED日本語版 Vol.5の特集「A/Bテスト」はいささかエキセントリックに無作為抽出テスト(A/Bテスト)を取り上げている。
グーグル社員、ひいてはA/Bテストの信奉者は、データ中心でない意思決定システムを「HiPPO」と呼んで軽蔑する。HiPPO―highest-paid person's opinion(トップの意見)と。
WIRED VOL.5 GQ JAPAN.2012年10月号増刊 特集「A/Bテスト」
もちろん何でもがデータ中心の意思決定になるかというと、そうではないそうだ。引き続き、書籍「その数学が戦略を決める」から。
- 判断において、専門家と絶対計算(データによる意思決定)のどちらが優秀か比べると、ほぼ例外なく絶対計算が勝る
- 人間は大量の条件についてうまく重みづけができない。感情や先入観に左右されがち
- 仮説立案という領域においては、専門家の知識や直感が必要とされる
人間の心には、よく知られている各種の認知的な欠陥や偏りがあって、これが正確な予測能力を歪めてしまっているのだ。人は、重要そうに思える特異なできごとをあまりに重視しすぎる。
その数学が戦略を決める (文春文庫)
「知識や直感」が必要な領域もまだまだある、ということだ。しかし、判断に於いては今後ますます「データによる意思決定」が必要になってくるのだろう。
いや、ちょっと待て。その前に、ここで言う「知識や直感」がどのレベルにあるのか、ということが問題になるのではないか。
中級者による意思決定の問題
以下は完全に仮説。
- ドレイファスモデルにおける「達人」の知識や直感は、「データによる意思決定」を強化し得る。相互に補完しあうことが出来る
- しかし、現実には「中級者」程度の技能レベルに滞留する人が多いのも事実。
- 「中級者」の知識や直感は、「データによる意思決定」に対しては価値が無いか、むしろ害になる可能性が大きい(ような気がする)
- その数学が戦略を決めるでは、犯罪者の釈放に係る再犯リスク診断の結果(計算結果)を人間が歪めて失敗する例などが紹介されている
会社組織には「実は自分はかなりのエキスパートである」と思い込んだ「中級者」がたくさんいる。これら「中級者」がデータに基づいた判断よりも、自分の意見を選択するのであれば、きっと物事は悪いほうにどんどんと進んでいくのだろう。翻って自分の所属する組織や、最近苦戦している電機業界に関するゴシップなどを考えると腑に落ちるような気がする。
先の引用に出てきた「HiPPO」こそまさに「知ったかぶり」の「中級者」の意見なのではないかと思ったのである。