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勘と経験と読経

略すとKKD。ソフトウェア開発やITプロジェクトマネジメントに関するあれこれ。

いいアジャイルは死んだアジャイルだけだ

大手ベンダーがアジャイル検定を始めるようで、これについてはいろいろな意見が出ているようだ。「これはアジャイルじゃない」というような意見もあるようだけれども、「いいアジャイル」も「悪いアジャイル」も無いと思う。むしろ「いいアジャイルは死んだアジャイルだけだ」と考えている。釣り気味のタイトルだけれども。

もし、ファストフードのような開発をアジャイル開発と呼ぶのであれば、私の中で「アジャイル」は死んだも同然です。言葉の定義なんて変わるものだし、正しい定義を振りかざしても仕方がないのはわかっていますが、バズワード化するというのは、こういうことですね。
「アジャイル開発」で解決できることは何か〜アジャイルは「速い・安い」のファストフードではない - Social Change!

アジャイル開発は、官僚主義的な計画駆動型のソフトウェア開発へのカウンターカルチャー的な側面があると思っている。これが一般化(バズワード化といったら悪く取り過ぎだ)して、日の当たるところに出て来ると「いいアジャイル」とか「悪いアジャイル」と批評するのはIT業界的にはどうかと思う。

私は「アジャイル」という用語に懸念を感じるようになった。今や過剰に使われ過ぎている。いい開発者はこの言葉とその含むところをすっかり避けるようにした方がいいと思う。「アジャイルプログラミング」の2つの形態について話したが、(まったくちゃんとした)第三のものがあり、それはテクノロジーを使って生産性の向上(つまり「アジャイル性」)を達成しようとするものだ。「Ruby on Railsによるアジャイル開発」とか、「アジャイルAJAX」とか、あるいは「アジャイルC++」というのまである。これらは私の持っている本の中でもごくしっかりしたものなのだが、「アジャイル」という言葉の乱用に拍車をかけている。

そして巷にあふれるアジャイルの多くは、率直にいって悪いアジャイルだ。
いいアジャイルと悪いアジャイル

先行者利益は無くなっていく

大手ベンダーがファーストフード的な「アジャイルなんとか」を推進したとして、私は個人的に面白いと思う。

  • 保守開発もたくさん実施していて、そこにアジャイル的な知識が核融合してそれなりに成果や利益が出てしまうかもしれない
  • 会社の規模が多いので、やっぱり優秀な人もそれなりにいて、その人たちがもの凄い勢いで案件を成功させてしまうとか
  • ビジネス上の問題で(ソフトウェア開発とは無関係に)失敗するようなニュービジネスではなく、更改案件などで十分な素振りができるかも
  • そもそも案件数が多数あるので、アジャイル適用度を図りながら実施案件を選べる。うまくいかなかったら、既存プロセスに切り替えるだけでいい
  • 批判されがちなSI業界だけれども、硬直しているのはベンダ側だけでなく、ユーザ側もそうだ。そんな所に新風を吹き込ませるとか

まぁ、いずれも楽観的な予測だとは思うけれども、どちらにせよ裾野が広がっていくのは良いことではないのだろうか。

少なくとも下克上的、逆転の発想でもあった「アジャイル開発」が主流化していくことで先行者利益は無くなっていくのではないかと思う。